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 2010年9月 6日(月) 20:49 JST

蓮華通信

蓮華通信は、真言寺住職からの毎月のメッセージです

蓮華通信8月号

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  • 2010年8月 2日(月) 00:26 JST

 

碧空の白き雲の浮かびたる無常の風に姿変えつつ。
 
心の不思議、放てば虚空に満ちる。心の不思議想い清らかな華も咲く。心の不思議怨めば不幸の因となる。心の不思議良く整えられた心は己の最良の拠り所となる。心の不思議思いを巡らせ人を思うとき人はその心に助けられる。
善く心を整え、行い正しく、果報を求めず、ひたすら精進の日々を過ごす。そこに人のあるべき姿がある。如何なる鎧も人を守らず、唯己の行いのみ己を守る。整えられた心は己の宝である。よき行いは衆生の宝である。行い清らかであることは仏の道である。行い清らかであれ、ほかを求めてはならない、己の行いしか己の頼りとならない。無量の黄金と百千万の人々の賞賛よりも己の心の命ずることをなしたる人が幸せである、その人は己を得るからである。人生の賞賛など夜空の花火のように儚い。夢の中の出来事のように時と共に薄れ行く。確かに足を付けよ大地にゆるぎない足跡で歩けそれがよく生きることである。名もなき草花に命あり、天地の息吹を生きている。貴方は己の命に問え、吾はいかに生きるべきかと。

蓮華通信7月号

  • 印刷用画面
  • 2010年7月 1日(木) 20:26 JST

 

鳴く鳥の姿は見ねど深草のそよぎに君の香りとぞする。
物ごとは無自性にして空である。人法共に空性である。自性あると囚われて苦しみ益々深く、暗暗たる無明の只中に生きる。彼の仏陀は捨てるべきものを捨てて涅槃を求めた、名誉も財も世俗の喜びははかないと悟り。口を潤すに思い煩うことなく身を飾るに思い余ることなく、雨露を避ける精舎に住まい、心の憂いを除いた。人は争いと収奪に心奪われ心休まる日々が無い。争いの種を除けよ、仏陀の光の中を歩め六波羅蜜の聖なる灯火を掲げて。如何なる堂塔伽藍も、如何なる経典も、法の人がいなければ意味を成さない。
唯法の人こそ真実の宝である。法の人が座するところ法の華が咲く、一草を念じて伽藍と為す、虚空の中を覗けそこには総てがあり総てが無い。そこが貴方の真実の居場所である。唯虚空の中を歩け、虚空を体として。囚われ多く争いに満ちた苦悩の日々を離れよ。心を定めて禅定を為せ仏陀の如く、己の心に仏陀と法を抱けそれが真実の道となる、一体三宝である。善きものはそこから生まれ来る。

蓮華通信6月号

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  • 2010年5月24日(月) 12:57 JST

 

悠久の時の彼方にある月も今見る月も共に月かな。
人生の勝利者は己の心を制することが出来た人。施し多く望み少ない人。聖なる祈りを持つ人。因果の道理を悟り、恨みを抱かず精進する人。吾は仏の眷属であると自負できる人。
暗黒は己の眼が暗いから、目を良く明けて光を見る。生きる事に苦難を多く感ずる人は物事の道理に背を向けて生きているから、よく智慧を磨くこと。愛されず望まれない人は愛し尊ぶ心に欠けるから。富にも名声にも施し多くない人は恵まれない、総ての結果は己の行いによる。
今日一日のありようが人生をつくる、今一瞬の心遣いが人生をつくる。心を修めよ。人々からの賞賛を望むな、罵倒と揶揄に心乱すな、常に心を平静に保て、否定にも肯定にも心奪われない人は災いに身を沈めることが無い。野山にある薬草が良く似た毒草の近くにある、よく吟味せよ。毒草を食べて後悔せぬように、それはかの草に責任があるのではない、君が口にしようと思ったことに端を発する。人生の廻り合わせも君に責任がある。君の判断による。
嵐の夜は臥所の中で時を待つ、よく晴れた日は外で働く、雨の日は傘を差す。苦難のときは忍び、賞賛の時は平時の如く、非難を受ける日々には心を保つ。この当たり前のことが人生に多くの実りをもたらす。よく励み精進せよ、かの仏陀も正念の行を積んだ。

蓮華通信五月号

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  • 2010年4月26日(月) 13:38 JST

 

眼には天地の理ここにあり一草の立ち姿。

この身は移ろいやすく捉えがたく頼りない。それは病むものであり、死に至るものである。およそ五感の欲するところは常に満足する事がなく。苦しみの原因となる。心のあてにならぬことは浮雲にそこに留まれと願うようなものである。この世にある総ての物事は常ならざる存在である。

執着の火はわが身を焼き安らかな心を奪う。煩悩の毒は心を惑わし智慧を曇らせる。心暗く智慧無き人は眼を閉じて道を行く旅人の如く道にさ迷う。

仏の道の只中に於いて生きる心を起こせ、頼りなき人生から離れよ、苦しみの因となる煩悩を断ぜよ。わが身とわが心に執着を起こすな、そこから悪徳の総てが生まれる。争いと苦悩はそこに起因する。わが身とわが心は陽炎の如く燃え上がる炎の如くと観ぜよ。裁きの心から離れよ、その心は常に不安と争いを産み出す。慈悲の心を観よ。生ある物が安楽であるように、よりよき生であるようにと祈る心それを起こせ。己が裁かれることがやがて消え去るだろう。

常に願いに生きよ、仏陀の願い、菩薩の誓願を生きよ。この世でもかの世でも最上の生がそこにある。清らかに生きよ。清らかな願いに生きよ。

生あるものに安楽あれと願い生きよ。その心を神々は守り、仏陀は微笑する、汝は偉大なる菩薩であると。

蓮華通信四月号

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  • 2010年4月 1日(木) 13:40 JST

山はだにそっと淡き桜かな。

生きていることの意味は山ほどある。存在の秘密は無限である。いかに苦しく辛くとも生ある限り生きねばならない。今日の一歩が明日の歩みに繋がっている。涙を流しながら歩む日もある、頬笑みをたたえて迎える朝もある。
人生の風景はさまざまに変わる。貴方はこのことを受け入れる必要がある。そのことが貴方の生きた証である。絶望と悲観は決して実りをもたらさない。うつむいて明るい光を見ることはない、頭を上げよ、天を見上げよ、そこには無限に広がる世界がある。草花はやさしく囁き、天空を渡る風は貴方をくすぐる、光の舞は様々に舞い降り舞い上がる。心をそこに止めよ。私は独りでは無い、あらゆる生き物と人々と命ある総ての物事に包まれ生かされている。恐れることはない、ただ己の命の絶対の価値を信ぜよ。その命を生きよ。善き心と善き行いで人生を満たすだけでいい。それが幸せをもたらす。
優しくあれ、良く耐えよ、思慮深くあれ、己の心が何を求めているか常に考えよ。いかに優れていようといかに愚とくであろうと歩みの先にしか未来はない。
さあ歩めよ、よき人の教えに導かれて。仏陀の言葉を信ぜよ、行いを学べ、それが安心への道である。

蓮華通信三月号

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  • 2010年2月28日(日) 17:47 JST

白梅の香りほのかに咲き匂う。小鳥も時を告げて鳴く、春が来たと皆が言う。寂しきときに友を。苦悩の君に智慧を。絶望の時に希望を。祈りの中に起こることそれは奇跡。仏の慈悲は導く、君に安楽と道を与える。唯祈り続けよ、祈りの中でしか出会えぬ人生と存在の真実、君は驚くであろう。幾多の聖人と幾多の聖典が記した事柄その事が唯一真実であると知らされる。虚栄に充ちた生き方を改めよ、謙虚であれ、人の驕りは光を阻む。迷い多き人生と誘惑に充ちた人生に君は何時も疲れていないか。舟は舵を切る方向に進む、君の人生の航海に君は何を頼りとして立ち向かっているのか。航海の地図も読めず舟の扱いもままならぬ人に良き船旅は望めぬ。
よく考えてみよ、誰を便りとするか何を頼りとするか。仏陀の道は実に豊かな実りに充ちている。その法は実によく説かれている。良く帰依し良く修めよ、その道を、それは尽きせぬ安楽と喜びに充ちている。涅槃は実に最高の安楽である。
仏陀の足跡を見つけよ、それに続け、そこにしか本当の安らぎは無い。消え行くものに心奪われる生活から離れよ総ては無常である。それを求める心が強いほど苦しみは大きくなる。仏陀が求めたものを君は求めよ、黄色き袈裟をかけずともそれを求める生活を大切にせよ。いつの日にか仏陀の心を知る時が来る。

蓮華通信二月号

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  • 2010年1月23日(土) 22:51 JST

 

風の日も雨の日も、灼熱の日が照る夏の日も、凍てつく凍える冬の日も、汝、精進せよ。千年の古木があらゆる時代を唯眺めたように、己の心を見つめよ。時代を超えて三世の輪廻をまたいで禅定を修行せよ。如来の命を宿したる者の務めである。実に君の心は麗しい、実に美しい。まだ観ぬ君の真実は美しい。深き霧がその緑を隠すように、厚き雲が白銀の月光を遮るように、己の煩悩は真実を覆い隠す。虚しさと焦りと恨みと悲しみに充ちた人生は仮の姿である。己の本性を見よ、実に豊かな実りで満ちている。己を求めよ、己の心を制せよ、ほかの何かがこのことに変わる喜びを与えぬ。よく生きる事が大切である。身に着けるものに心を砕く必要は無い。己の口を潤すものに心奪われる必要が無い。天地を宿として悠然と生きよ。君の命は虚空の華である。それを守るこれが修行である。持戒清浄にして初めて喜びが沸く、己の仏性は清らかである。清らかな生き方に徹せよ、永遠に変わること無かれ、それしか救われる道は無い。

蓮華通信一月号

  • 印刷用画面
  • 2009年12月 3日(木) 00:20 JST

 

己の息の深きこと天地を越えて遥か。己の心の広きこと虚空の如く、己の身は十方世界に同じ。仏性の不壊、まさに金剛である。仏の心は蓮華の如く総てを産み出す。大いなる仏、慈悲なる仏、蓮華と金剛の王たる貴方に帰依し奉る。貴方の中で諸仏は座を占め貴方の言葉を諸仏は語る。三界に普く轟く音声で。旅の始まりも終わりも総て貴方の中の出来事、迷いも悟りも共に泡沫の夢、唯貴方だけが真実。法身なる貴方は総ての徳と智慧である。貴方に帰依し奉る。如何なる闇も光には勝てず、如何なる氷雪も日の光に会うとき流水となる、如何なる迷いも正法に会うとき速やかに転識する。仏の加持無碍常にある。貴方の慈悲を頼りとして祈りの道場に立つ。常に変わらぬ風景、仏陀はそのように道を求めそのように禅定を修めかくのごとく悟り、そのように法を説いた。三世に変わらぬ貴方の智慧を。

蓮華通信/平成二十一年十二月号

  • 印刷用画面
  • 2009年12月 3日(木) 00:09 JST

 

何もかも泡沫の夢。形あるものはいつか崩れ去る。想いも又時と共に薄れ行く。確かなものとしてあると思うこの身も又やがては消え去る。およそ命あるものの死をまぬがれざることは無い。今日の命の輝きは今日のみのもの、一瞬を永遠として生きる。一期一会。時の真実は永遠の今にある。明日を待つ無かれ、明日はまだ来ない。過去を悔いる無かれ過去は帰り来ない。今のこの時を生きる、それが最良の生き方。行いに於いて真実であれ、言葉に於いて真実であれ、想いに於いて真実であれ。他の何ものもこれに変わる生き方は無い。己の心の真実を生きるものは不安なる日々を過ごさない、この真実こそ己の寄る辺であり安心の基である。この心に仏は住む、智慧と慈悲の光に包まれて。この光に安住せよ、総ての葛藤は霧の風に吹かれるが如く消え去る。苦しみ多い時さ迷い歩いてはならない、それは迷いを深め苦しみを増すばかりとなる。心を止めよ静に己の心に、蓮華の上に端座して心を見つめよ、その時のみ苦から逃れる術が生まれる。虚空の命がそこにある。諸仏の心がそこにある。日々禅定に勤めよ。仏の命を受け継ぐものの勤めである。

蓮華通信/平成二十一年十一月号

  • 印刷用画面
  • 2009年11月 1日(日) 22:45 JST
存在は空性である。現象は絶えず変化している。物事は固定的実体としては無い。自他は一枚の紙の裏表である。言語は常に相対にある、差異の体系である。言語に実体を求めることは不可能である。言語は現象である。およそ人の思考のあるところ言語の概念操作による。真理は分別の中には姿を現さない。虚空そのものを己の体として自覚する三昧の中に般若はある。あらゆる認識と現象に心奪われ執着してはならない。つまり執着する対象そのものが陽炎の様なものであるからである。あらゆる存在は共時性の性格を有する。しかし人の認識は通時性による、時間と空間の延長の上に存在を認識する。このことから仏陀と衆生とは不二平等である事が真理であるが、人はこのことに疎いこれを迷いという。過去の釈迦仏も未来の弥勒仏も吾らの仏性である。ここに信心の基がある。己の本心を自覚して生きる、これを行う。このことが修業である。仏の命を修行するのである。常に頭を天に貫き堂々と生きねばならない、人はそれに値する存在であるからである。悪心を離れ慈悲を育み生きねばならない。それは仏の命を宿している貴方の責務である。尊き方仏陀と優れた法なる般若と実践者菩薩に帰依し奉る。