真言寺 http://www.shingonji.net 宗教法人 高野山真言宗 阿高山 真言寺 info@minoriya.biz info@minoriya.biz Copyright 2012 真言寺 Geeklog Sun, 20 May 2012 23:05:20 +0900 ja http://www.shingonji.net/favicon.ico 真言寺 http://www.shingonji.net 真言尼寺の窓から藤原京を覗いてみよう http://www.shingonji.net/article.php/20120520144521520 http://www.shingonji.net/article.php/20120520144521520 Sun, 20 May 2012 14:45:21 +0900 真言尼寺の窓から <p>奈良仏教以前はどうなっていたんだろう?</p> <p>&nbsp;</p> <div>皆様いかがお過ごしですか?</div> <div>もう五月も半ばを過ぎてしまいました。「光陰矢の如し」ですね。</div> <div>庭の鶯が美しい声で季節を告げてくれます。移り変わる季節を眺めながら、被災地の方々のことを思うと心が痛みます。</div> <div>お元気ですか・・?</div> <div>日本仏教のこれからの為に、もう少し私の考える昔のお話を加えておきたいと思います。</div> <div>奈良仏教以前のお話です。日本仏教を考える上でどうしても必要だと考えます。フィクションじゃないかと言わずに考えてみてください。</div> <div>少し専門的な用語がありますが、簡単に私の考えをお話いたします。良かったらお読み下さい。</div> <div>真言密教には法を修する為の「次第書」というものがあります。</div> <div>流派や伝授阿闍梨によってそれぞれ少し違いはありますが、基本は同じです。</div> <div>その「次第書」の中の一つの項目の中に必ず「神分・祈願」の項目があり、「三密修行之處滅罪生善之砌ナレバ」とあり「日本国中大小神祇普天卒土の権実二類併威光倍層法楽荘厳」とあります。「弘法大師普賢行願皆令満足」のためにも、「有縁無縁諸聖霊等皆成仏道」のためにも祈ることを宣言しています。</div> <div>その中の一文に「奉為金輪聖皇天長地久、金輪佛頂名 丁、薬師仏名 丁」の文言が必ずはいります。</div> <div>私は 「なぜ金輪佛頂名と薬師仏名が並ぶのだろうか・・何か変だな、どうしてだろう?」</div> <div>と考えたのでした。</div> <div>&nbsp;</div> <div>「金輪聖皇」とは「天皇さまのことじゃ」が 古来よりの答えです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>金輪聖王とは金輪王と同じで、南都では「きんりんおう」とよみ、北嶺では「こんりんのう」と呼ばれた四輪王の一人で、金の輪宝を感得し全世界を支配する聖王(倶舎論)のことです。王の字を「皇」と書き換えて、天皇陛下の意味を付加したことは十分わかります。</div> <div>金輪佛頂名は 解りますが、なぜ薬師仏名が並ぶのか理解に苦しみました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>そこで私は歴史を紐解くことにしたのでした。</div> <div>&nbsp;</div> <div>調べると国分寺の本尊は、多くが「薬師如来」です。また東寺の本尊も「薬師如来」で金堂におられます。弘法大師空海は 既に金堂が出来上がってから、東寺を預かります。</div> <div>そして その後 南大門から入れば、金堂の真後ろに当る位置に、金堂の本尊のお働きを 説明し、御仏が働く有様を表現して「講堂」を建設しています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>金堂は1486年に全焼し、1603年に復興し、1606年に落慶法要がありました。そのため、比較的新しい建築であるということに気をとられて、薬師如来が古くからあることに注意が行きにくくなっています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>しかも「教王護国寺」という寺の名前を東寺に付けています。つまり王(大王)に教え、国を守る寺の内容が「講堂」の「曼荼羅」となれば、なぜ表の本尊が「薬師如来」なのかを考える必要があります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>日本に薬師信仰が伝えられたのは 飛鳥時代まで遡ります。法隆寺金堂の銅造薬師如来坐像の光背裏面の銘文に推古15年(607年)に推古(天皇)と厩戸皇子(聖徳太子)により造立されたものとありますが、実際は天武・持統期の製作であることが、通説となっています。また法隆寺は天武・持統期に再建され官寺としての格式を高めています。</div> <div>では 天武・持統期には 何があったのでしょうか。</div> <div>&nbsp;</div> <div>万葉集に 壬申の年の乱平定まりにし以後の歌「大王は 神にしませば 赤駒の腹這ふ田居を 京師(みやこ)と成しつ」「大王は 神にしませば 水鳥の すだく水沼を 皇都(みやこ)と成しつ」があります。</div> <div>つまり天武期に政治的な「神」「大王」が誕生し「天皇」の呼称が、誕生したと考える説に賛成です。</div> <div>また稗田阿礼に帝紀と旧辞の「誦習」を命じ、「古事記」と「日本書紀」が結実します。</div> <div>&nbsp;</div> <div>この時期、天武天皇は神であり大王であるための新しい儀式や制度を模索していたと考えられます。またわが国初の都城である藤原京の造営に着手、飛鳥浄御原令の編纂の開始があり、「天皇」「日本」の号が正式に制度化されていきます。</div> <div>また同時に、日本書紀に天武9年(680年)天皇は皇后の病気平癒のために薬師寺を建てることを誓い、百人の人々を出家させたとあり、このときすでに天武天皇は深く仏教に帰依されていたことが推察されます。</div> <div>686年天武天皇は崩御されたため、皇后自ら即位し、その遺志をついで持統天皇が天武天皇の政治を完成させ、薬師寺を完成させます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>また法隆寺の薬師如来の建立に わざわざ推古(天皇)と厩戸(聖徳太子)の権威を必要としたのは深い理由があってのことだと思われます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>それはまず薬師如来の仏としての働きに注目する必要があります。</div> <div>薬師如来は日光菩薩、月光菩薩を従えて、菩薩はその働き、如来はその光の本源であると考えられています。つまり薬師如来は「日の本源」です。</div> <div>しかも阿弥陀如来の浄土は西方に現実に存在し、薬師如来の浄土も東方に現実に存在すると考えられていました。</div> <div>聖徳太子は 隋に国書を送っています。このときの国書が「隋書」東夷伝にあり、「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。」の文章があります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>この時代には「日の出る東の国」の認識があったのです。</div> <div>釈尊は過去仏、弥勒菩薩は未来仏、しかし阿弥陀如来も薬師如来も現在の働きを持つ現在仏なのです。</div> <div>また 日本書紀に 天武天皇は壬申の乱の時、畝傍山麓の神武陵に戦勝祈願をしたことが記されており、その東に皇后の病気平癒を願い薬師寺(本薬師寺)の建立を発願しています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>その時代の国の中央である畝傍山の東に薬師瑠璃光浄土を出現させようとしたと考えても何ら不思議はありません。またこの位置は逆に新しく移転した薬師寺の薬師浄土の南大門が畝傍山と考えられることになります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>つまり天皇が薬師如来の生まれ変わりで、金輪聖王となれば世界に恐いものは無いことになります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>聖徳太子については、特別な太子信仰と伝承があり、山城の秦氏の広隆寺や難波の四天王寺にはじまり、斑鳩の法起寺、中宮寺、飛鳥の橘寺、葛木寺へと広まり、その後 法隆寺が拠点となります。</div> <div><span>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; </span></div> <div>様々な伝承がありますが、その一つに 聖徳太子は推古15年に遣隋使の派遣を要請し、小野妹子に隋国衡州の衡山の南、渓谷の麓から3-4里、般若台の門のある寺から、「前世」所持していた法華経を持ち帰るように頼みます。このときの国書が「隋書」東夷伝にあり、「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」の有名な文章だというのです。衡山の僧は、妹子を「念禅法師」の使いと認めて、今世の名前を聞き、法華経を渡します。</div> <div>推古16年に再度小野妹子が隋にわたり翌年帰朝しましたが、そのとき衡山の僧侶から「先年の法華経は旧蔵のものと違っていたが、秋に太子が、青龍の車にのって来て、念禅法師の旧房より、真本をもち帰った」と聞いたという伝承です。</div> <div>ここでは仏教を導入し国を仏の浄土とするという思想が広く受け入れられてきたことを証明しています。</div> <div>しかし 前世を「中国の僧侶である」と自分でみとめた太子は あくまで太子としてとどまり、王の位についていないということです。政治権力の象徴としての王と敬うべき仏法を離して示しています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>その伝承の上に新しい「大王」を構築するためには「金輪聖王」しかないのではありませんか。</div> <div>そこで薬師仏の生まれ変わりの「天皇」は日の本源であり、月をも従えると考えたとすれば、それは天武・持統天皇の考えた新しい国家です。西の大国に対して東の大国「日本」の誕生だったはずです。</div> <div>神仏混交はすでに日本の始めから考えられていたことになります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>氏神としての神と統治原理そして倫理・道徳・聖なる道としての仏法です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>聖徳太子によって導入された仏法は天武・持統天皇の構想により新しい局面を迎え、聖武天皇・光明皇后を経て新しい理念を加え、戒律を準備し、紆余曲折を経て、弘法大師空海によって完成されたと私は考えています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>明治時代の廃仏毀釈は日本の国の根底からの変革を必要としました。ばらばらになった理念と東西の文明の衝突は敗戦により、新しい日本国憲法として再構築されたと考えます。</div> <div>占領軍により押し付けられた憲法ではありません。戦争反対であった人々が自ら望んで導入した平和憲法なのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>「薬師如来」の歴史をもう一度考えてみて下さい。</div> 5月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20120429223629992 http://www.shingonji.net/article.php/20120429223629992 Sun, 29 Apr 2012 22:36:29 +0900 カレンダー <p> <span> 5日(土)人間学講座(熊本</span><span>)<br /> 6日(日)人間学講座(熊本)不登校支援ネット会合</span><br /> 10日(木)人間学講座(京都) <br /> <span>11日(金)人間学講座(東京)</span><span><span><br /> </span></span><span>12日(土)東京例会<br /> </span>13日(日)東京例会 <br /> 14日(月)人間学講座(福岡)<br /> 16日(水)NHK文化センター写仏講座<span><br /> 17日(木)ビハーラ法話<br /> 21</span><span>日(月)御影供</span><span>10</span><span>時半~</span><span>護摩供養</span><span>&nbsp; <br /> 26日(土)写仏(本堂)10時半~ 礼拝13時半<br /> 27日(日)熊本例会10時半</span>~ 法句経13時半~<span><br /> </span><span>28</span><span>日(月)お不動さん10時半~<br /> 30日(水)NHK文化センター写仏講座</span></p> 蓮華通信 5月号 http://www.shingonji.net/article.php/20120429131059202 http://www.shingonji.net/article.php/20120429131059202 Sun, 29 Apr 2012 13:10:59 +0900 真言寺蓮華通信 <div>殺生の心は己の仏心を破る。我は殺生を好まずは菩薩の心、仏心戒なり。常に一切衆生と四生に四無量の心を起して退転せず、これを普賢の心と言う。仏は般若心に自受戒する、これ戒の体なり。空相と如来蔵は名を異にして同である、戒はすべからく智慧を元として慈悲として働き方便に帰結する。</div> <div>四生を空華妙相の華として悉有仏性を観る、これを不殺生戒と言う。願わくば一切衆生皆ともに仏の法座に侍り、正法を聞き、般若の大海に悟入せんことをと誓う。これ不殺生の戒を持するという。</div> <div>十方の有情は己の体、自他不二は菩薩の道標なり、これを戒を行うと言う。</div> <div>己の無明を排するとは自他不二平等の心に住して、因果の空相を観じ有相の夢を破ること、自他にこの心を伝えて凡夫あるとの迷妄を破り仏性の在りかを指し示す。これを不殺生と言う。我も彼も凡夫であると語り思うこと、これを菩提心を殺す、すなわち殺生という。</div> <div>仏が仏に伝え、菩薩が常に心に携えて瞬時も忘れず、仏仏祖祖一子相伝の命脈を常に守る菩提心の守護こそ不殺生戒を持すると言うことなり。</div> <div>常に語り行い祈る菩提の華が咲き誇るようにと、常に光を与え水を与え育み育てる。これを菩薩が不殺生戒を行うと言うことである。</div> <div>己の菩提心に恥ずることをなさずと誓え、人々の菩提心を守れ、よき持戒の人と成れ、仏は微笑み菩薩達は共に歩く。</div> 蓮華通信4月号 http://www.shingonji.net/article.php/20120401144333819 http://www.shingonji.net/article.php/20120401144333819 Sun, 01 Apr 2012 14:43:33 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20120401144333819#comments 真言寺蓮華通信 <div style="0mm 0mm 0pt">薄滴も年を重ねて千条の磐をも穿つ、精進は薄力といえども重ねれば重々の悪業を破る。精進せよ、ただ精進せよ、名誉も賞賛もひと時のこと、それは容易に非難へと変わる。正念せよ、如何なるときも心を乱すな、幻影に惑うことなく足元を見よ。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">人生は短い、一夜の夢の如く過ぎ去る、よそ見をしている暇は無い、成すべきことを為せ、勇気をもって。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">心静に生きるとは、絶えざる精進の日々を送ること散逸にして怠惰では心乱れる。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">天地が崩れても己の行った業報は消えない。自己を見つめ自己を修めよ、よく意を整え言葉を慎み行いを正せ、如何なる時も己に勝利せぬ者に安楽は無い。その人より優れた人はいない。その人生より恵まれた人生は無い。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">世界に多くを求めれば多くの失望と苦しみが生まれる。己の智慧に多くを求めるものはこの苦界を渡り涅槃に至る。己の意を修めよ、己の言葉を修めよ、己の行いを修めよ、そこに道を見出せ、そこ以外は全てが行き止まりになる。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">自己こそ己の寄る辺、唯一のたより、唯一の盾、己を極めれば不安は消え去る。如何なる大海も修練された船乗りと頑健な船があれば恐れることは無い。よく整えられた人はこの人生を善く渡る。</div> 4月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20120331210411991 http://www.shingonji.net/article.php/20120331210411991 Sat, 31 Mar 2012 21:04:11 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20120331210411991#comments カレンダー <p>&nbsp;</p> <div>今月は 予定の入れ替わりが ありますので ご注意ください。</div> <div> 4日 写仏講座(NHK)</div> <div>12日 人間学講座(京都)</div> <div>14日 東京例会</div> <div>15日 東京例会</div> <div>17日 人間学講座(福岡)</div> <div>18日 写仏講座(NHK)</div> <div>19日 病院ビハーラ</div> <div>21日 お大師さん(御影供)10:30-護摩供養</div> <div>    13:30-礼拝行、19:00-人間学講座</div> <div>22日 熊本例会(真言尼寺、観音堂)10:30―観音護摩供養</div> <div>    19:00-人間学講座</div> <div>27日 不動縁日 10:30-不動護摩供養</div> <div>28日 不動縁日 10:30-不動護摩供養</div> <div>29日 写仏講座 13:30-本堂</div> <div>30日 不登校支援研究会14:00-</div> 蓮華通信3月号 http://www.shingonji.net/article.php/20120301091907463 http://www.shingonji.net/article.php/20120301091907463 Thu, 01 Mar 2012 09:19:07 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20120301091907463#comments 真言寺蓮華通信 <span>怨みを抱く者はその恨みにて滅ぶ、刃をかざす者はその剣にて滅ぶ、疑い深く信無き者はその不信ゆえに滅ぶ、無知なる者はその無明の技にて滅ぶ。およそ人の運命はその行いゆえである。</span> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>外から来ると思える不幸は実に己の行いに起因する。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>未熟な人格に幸は多くない、豊かな人格に実りは多い。実に良き種と良き水に恵まれ豊かな光によって実りは約束される。偶然の実りなど期待は出来ない。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>優れた農夫はそれを選ぶ。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>良き菩提心と良き師と良き修行によって人の人格は実る。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>この唯一の寄る辺たる己の人格これこそ人生の大事、そこにしか道は無い。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>智慧で満たせよ、慈悲で満たせよ、深き信で満たせよ、勇猛なる行いで満たせよ、己の人格を、それこそ崩れ去らない唯一の世界、唯一の喜び。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>穢れた人生を歩くな、怠惰は己を蝕み人生を破る、怒りは己を蝕み人生を破る、絶えざる欲情は己を蝕み人生を破る、執着は己を忘れ人生の道を忘れさせる。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>許しと調和の中に生きよ、そこに唯一仏陀の道が開ける。苦悩の日々を送る必要は無い、茨の道を歩く必要は無い、その人生は己の影である。己を正せば人生は光で満たされる。</span></div> 3月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20120301085845800 http://www.shingonji.net/article.php/20120301085845800 Thu, 01 Mar 2012 08:58:45 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20120301085845800#comments カレンダー <p> 1日 病院ビハーラ法話</p> <p> 3日 人間学講座(熊本)</p> <p> 4日 人間学講座(熊本)</p> <p> 7日 写仏講座(NHK)</p> <p> 8日 人間学講座(京都)</p> <p> 9日 人間学講座(東京)</p> <p>10日 東京例会</p> <p>11日 東京例会</p> <p>12日 人間学講座(福岡)</p> <p>21日 御影供(お大師さん)10時半ー護摩供養</p> <p>    写仏(NHK)</p> <p>24日 写仏 10時半ー  礼拝行 13時半ー</p> <p>25日 例会 10時半ー観音護摩供養  13時半ー法句経</p> <p>27日 不動縁日 10時半ー不動護摩供養</p> <p>28日 不動縁日 10時半ー不動護摩供養</p> 真言尼寺の窓から http://www.shingonji.net/article.php/20120210202053815 http://www.shingonji.net/article.php/20120210202053815 Fri, 10 Feb 2012 20:20:53 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20120210202053815#comments 真言尼寺の窓から <p>奈良仏教を覗いてみよう</p> <p>&nbsp;</p> <div><span>今日も朝 雪が降っていました。日本中大雪でしたね。</span></div> <div><span>熊本でも、この極寒のために 水道管の破裂があちこちでありました。</span></div> <div><span>それでも 梅のつぼみが 元気に膨らんでいます。</span></div> <div><span>今日は 真言密教の立宗される少し前の時代、奈良時代の終わりの日本仏教について お話しておきたいと思います。</span></div> <div><span>年表の羅列で うんざりされるかもしれません。でも暫くお付き合い下さいね。日本仏教の基礎だと思うのです。</span></div> <div><span>奈良時代の古い古文書に触れたのは、大学時代の日本史概論です。その教授は、三項目の主張をされて、日本史を考えるように学生に指導しておられました。</span></div> <div><span>一、権力との関係を考えてみること。</span></div> <div><span>二、当時のものの考え方を知ること。</span></div> <div><span>三、当時の気風(感覚)を感じること、そのためには、必ず古文書を眺めること。</span></div> <div><span>教材は写真版の古文書(本物は美術館所蔵)でしたが、それでも良く読み取ることが出来ました。すべて手書き毛筆であることは言うまでもありません。平安時代の「円珍度牒」などもありました。</span></div> <div><span>私たちは、奈良時代の仏教については 一般的に 「南都六宗」と中学、高校時代に習います。</span></div> <div><span>しかし「宗」が使われたのは、平安時代の淳和天皇(天長年間)に各宗の教義を一書にまとめて上進するように勅命が下ってからのことで、それまでは「宗」の文字はほとんど使われず「衆」の文字がつかわれていました。</span></div> <div><span>「衆」は集団を意味しており、三論や律を専攻する学団のことです。しかも 宗義書を作成したのは、三論、法相、華厳、律、天台、真言の六宗で、倶舎宗は法相の付宗、成実は三論の付宗とされていました。</span></div> <div><span>南都奈良の大寺は「一寺一衆」ではなく、兼学を建前としていました。それを破ったのは、京都の東寺を唐の青龍寺を模して真言一宗にしてからです。つまり弘仁14年(823年)1月嵯峨天皇に灌頂を授けてのち、東寺を真言宗の根本道場としてからのことなのです。</span></div> <div><span>奈良時代の「衆」は一般的に言われる、三論・法相・華厳・律・倶舎・成実だけではなく、別三論・修多羅・摂論の衆がありました。</span></div> <div><span>「修多羅」の解釈をめぐり色々な解釈があり、「経」を意味しており、「論」をテキストとしたものでは無いのではないかと大筋では言われています。しかし伝来の事情や、その後の経過は不明です。</span></div> <div><span>「摂論」は「摂大乗論」を専攻する学団です。道昭は653年に長安に着き、玄奘三蔵の弟子となり、同じ房に9年の間住んで学業を続けて帰国します。飛鳥の法興寺(飛鳥寺・蘇我氏の寺です)境内に禅院を建て、摂論衆が創置されました。法相宗が唐において成立するのは 玄奘三蔵の弟子「窺基」であり法相宗の開祖は「慈恩大師窺基」ですから、道昭はそれ以前の人となります。道昭の在唐時代は「摂論宗」が盛んでした。</span></div> <div><span>「別三論衆」とはいわゆる三論の第三伝に相当します。第一伝は高句麗の僧慧灌が推古</span><font>33</font><span>年(625年)に来朝し、元興寺(法興寺)に住して、「勅に依り講じた」とあります。この場合唐語(中国語)で話されたと考えられます。第二伝は「福</span><span>亮」を経て「智蔵」が入唐帰朝して法隆寺にて講学します。第三伝が「智蔵」の弟子道慈です。</span><span>大宝2年(702年)に</span><span>遣唐執節使粟田真人に随行し</span><span>入唐して、吉蔵の孫弟子「元康」につて学び吉蔵の「三論玄義」を伝えたと言われます。養老2年(718年)に帰国して大安寺に住します。大安寺流とも言われ、また別三論衆ともいわれます。これは法相衆の第三伝新羅僧の智鳳・智</span><span>鸞</span><span>・智雄が大宝三年(703年)に入唐して智周から法相教学を学んだ伝とは別です。年表によっては、区別されずに表記されていたり、無視されていたりするので注意を要します。</span><span>三論衆は教義を持ちますが、教相判釈を持ちません。諸経の上下をつければ有所得の盲見となると考えます。そこに消極性があるため、衰微していきますが、やはり三論は その伝来のはじめ「最古の勅願寺」として官寺筆頭の時代から今に至るまで「仏教の論」の中核だと思います。</span></div> <div><span>道慈の弟子に善議、またその弟子に勤操(弘法大師空海に法を授けた師)がいます。</span></div> <div><span>この「道慈」帰朝の翌年聖武天皇は、皇太子として初めて政を聴いたとありますし、岡寺の開基「義淵」が僧正として、そのころ長老でありました。義淵の卒後、光明子が皇后となり、その後、飛鳥の大官大寺を遷し造るに古文書に「道慈に勅した」とあります。その後道慈は 護寺鎮国のため、官費をもって「大般若経」を大安寺で転読し、次に大極殿にて最勝王経の講師を務めています。また以前唐においては 仁王般若経を講じています。また「大安寺流記資材帳」に「大般若四処十六会図像一張」「華厳七処九会図像一張」が記され、十代の天皇の奉為、天平14年(742年)造ったと記されていますが、天平14年は「東大寺大仏建立の詔」が発せられる前年に当たります。</span></div> <div><span>また天平感宝元年(749年)の大安寺宛ての勅の原本が奈良国立博物館に現存しており、発願の趣旨は、一切経の転読・講説により、理想の世界を目指すこと、「花厳経をもって本となす」ことが書かれています。</span></div> <div><span>天平勝宝</span><font>4</font><span>年(752年)の新羅の王子が大仏を拝した「続日本紀」の記録に「大安寺・東大寺に就きて礼仏す」とあります。大安寺の大仏は三丈(9メートル)脇侍の千手・不空は一丈5尺(</span><font>4</font><span>メートル50)とあります。この大仏は画像です。東大寺の大仏の原画では・・と私は考えています。現存してはいません。</span></div> <div><span>また大安寺華厳(大寺華厳)とよばれる華厳経書写事業(</span><font>749</font><span>年</span><font>5</font><span>月7日ー6月7日)もありました。また最初の華厳の講師を務めた新羅の「審祥」は大安寺の僧侶です。一年に二十巻の華厳を講じ、三年にして六十華厳を講じ、天平</span><font>14</font><span>年に示寂しました。まさしく別三論です。つまり新しい華厳研究・資料・財務センターです。この大安寺と東大寺との関係は後の平安時代の東寺・西寺の関係あるいは東院・西院といわれる関係に発展し、次に東班、西班といわれるのではないかと私は考えています。東班は修行を司り、西班は寺務を司ると考えられていたのです。これは方位の吉凶と物事の因果に関係するためではないでしょうか。</span></div> <div><span>勤操は十二歳の時大安寺の門に入ります。道慈の弟子「善議」に学ぶのは24歳以後で、「日本後記」によればおおよそ師は54-55歳くらいだったと考えられます。勤操の弟子「願暁」は弘法大師空海の法資「聖宝」に別三論を伝えた法脈があります。</span></div> <div><span>逆に考えれば、聖宝もまた弘法大師空海の後を追いかけて別三論に至ったのではないかと私には思えて仕方ありません。必死で追いかけるとここに至るのです。聖宝は東大寺に東南院を建て三論宗の根本道場とし、元興寺・大安寺の二流を併合します。その後三論は真言宗の中に没していきます。</span></div> <div><span>そして現在の真言宗では三論は完全に忘れ去られてしまいました。しかし法流の形式としては聖宝の流れは延々と残っています。これから真言を学ばれるかたは是非三論をもう一度学んでいただきたいと考えています。</span></div> <div><span>弘法大師「御遺告」の中に「吾後生弟子門徒等、以大安寺可為本寺縁起 第八」があります。この中に「吾が祖師、道慈律師が推古天皇の御願を遂げた寺であり、これによって、吾が大師石淵の贈僧正勤操が、かの寺を本寺とし、その弟子達をして、皆入住せしめたので、吾れもまた、この寺を以って本寺とするから、弟子後生の門徒等も、須くは、大安寺を以って本寺とするがよい」旨が述べられています。弘法大師空海の「勤操大徳影ノ讃」には「吾ガ師」と詠んでいる事実があります。鎌倉時代の凝然の「三国仏教伝通縁起」の中に「道慈、真言ノ法ヲ以ッテ善議・慶俊ニ授ケ、議公コレヲ勤操僧正ニ授ケ、勤操、求聞持ノ法ヲ弘法大師ニ授ク」とあり、後の通説だったことを知ることができます。勤操は律師となり大極殿で最勝王経を講じています。次に少僧都となり、造東寺別当になり、大僧都となり造西寺別当に転じました。示寂は天長4年(827年5月8日)に西寺の北院でのことでした。「元</span><span>亨釈書」には「石淵寺勤操」とあらわしています。また同書では法華八講会が延暦15年勤操の創めるところで、石淵八講と称したと伝えています。私はこれを法華滅罪の寺(国分尼寺)に配慮したものであったかもしれないと考えています。石淵寺に関しては、永仁六年(1298年)の「西大寺田園目録」の中に「添上郡東六条五里内七段 岩淵寺西辺 、添上郡東六条五里三五坪内一段小 岩淵寺西」の記載があります。ここでは「岩淵寺」となっていますが、時代は鎌倉です。「石淵寺」の古い伝の一つは「今昔物語」の中に、聖武天皇の御代、吉備大臣の逸話として石淵寺の記載があります。女人の霊にたのまれて、墓から砂金を掘り出し、法花経を書写供養したと書かれてあります。ここにも法華滅罪の匂いがあります。</span></div> <div><span>弘法大師空海はこのような別三論(大安寺流)の中で「石淵寺に縁のある勤操大徳」から学んでいたと考えられるのです。</span></div> <div><span>少し長くなり過ぎました。最後まで読んでいただいてありがとうございます。でも「くだらない」などと評価しないで、少し考えて博物館や美術館に足を運んでくださいね。なにしろ古文書と年表とのにらめっこ思索は結構大変な作業だったのですから。また 私が弘法大師空海の後を慕って「求聞持法」に入る前の準備の為に、高野山大学図書館で秘蔵の古文書に触れる機会を与えられなければ、解らなかったことが沢山あります。何百年も経過した手書きの次第書は私に「音ナキ音」を伝えてくれました。それは驚くほど古く、永く高野山に保存されています。快く整理中の資料を見せていただき、ご助言頂いた、そのときの尼僧修道院長さま、図書館長さまにいまでも感謝いたしております。また御伝授頂いた諸先徳にいつも感謝の祈りを捧げております。</span></div> 蓮華通信2月号 http://www.shingonji.net/article.php/20120204220041248 http://www.shingonji.net/article.php/20120204220041248 Sat, 04 Feb 2012 22:00:41 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20120204220041248#comments 真言寺蓮華通信 <div><span>凡そ人生の一大事は生死の海を渡り不落因果、不昧因果の理に通達して涅槃に至り甘露を味わう事。</span></div> <div><span>生死は即ち涅槃である。空性は妙有である。三界は唯心である。識法は三界である。識に止まれば苦界、智に至れば涅槃、一心は菩提心と明らかに証して仏界に入る。</span></div> <div><span>煩悩に因を求めるに因無く、菩提心に因を求めるに因なし、唯玄影の如く、言葉は虚しく虚空に響く。影の影たるは光に会わず。光の光たるは影を伴わず。</span></div> <div><span>真理を求むるには、求めざるに既に得と知り。求むるは既に離れ捨てるに同じと悟る。</span></div> <div><span>仏心は忘失せねば既に可であると信じ行う。自心の本源は仏である、分別妄断は眞を破る。</span></div> <div><span>諸仏の説示を信じ、礼拝、供養し仏を賛じ、禅定を修すことは自心の本尊に通じ、悟りを起こす。</span></div> <div><span>仏法の第一義を人生の大事と心得て精進すべきである。生死の一大事を今明らかにせねばいつの日にこの良日を待つか。念念に仏を想うて生きる、この三昧に虚妄なし。</span></div> 2月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20120203102814614 http://www.shingonji.net/article.php/20120203102814614 Fri, 03 Feb 2012 10:28:14 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20120203102814614#comments カレンダー <p><span>1日(水)NHK文化センター写仏講座<br /> 2日(木)病院ビハーラ </span><span><span><br /> </span></span>4日(土)人間学講座(熊本) <br /> <span>5日(日)人間学講座(熊本)<br /> 9日(木)人間学講座(京都)<br /> 10日(金)人間学講座(東京)</span><span><span><br /> </span></span><span>11日(土)東京例会<br /> </span>12日(日)東京例会 <br /> 13日(月)人間学講座(福岡)<span><br /> </span><span>15日(水)NHK文化センター写仏講座<br /> 21</span><span>日(火)御影供</span><span>10</span><span>時半~</span><span>護摩供養<br /> 25日(土)写仏10時半 礼拝行 13時半<br /> 26日(日)熊本例会10時半 法句経13時半 <br /> </span><span>27</span><span>日(月)お不動さん10時半~<br /> 28日(火)お不動さん10時半~<br /> 29日(水)NHK文化センター写仏講座</span></p> 2012年蓮華通信1月号 http://www.shingonji.net/article.php/20111228171550834 http://www.shingonji.net/article.php/20111228171550834 Wed, 28 Dec 2011 17:15:50 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111228171550834#comments 真言寺蓮華通信 <span>因果の道理に私無く、因果必然の理に於いて世界は呼吸する。願えども叶わず、望まなくともそれは起こる。  運命は常に残酷である。無明の人は嘆き、聖者は黙する。菩薩はその眼に憂いを浮かべ、仏陀は法を述べ伝える。ただ慈悲による。人の思いは常に閉じて世界に届かぬ。世界の扉は開いているのに人の心が閉じているのだ。無明の闇は深く常に怯え、望み、怒り、絶望し、うろたえ己を捕らえることは無い。苦悩に苦悩を重ね酒におぼれ、戯れの言葉に遊び、時の裁きを待つ身となる。</span> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>清らかな事柄を信ぜず、偽りの世界を楽しみとする。煩悩の薫習は深くこのゆえに誤りを繰り返す。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>幻のような欲望にその身を焼き、消え果る物を求めてやまない。この暗闇に智慧の道を求めよ、仏陀が点したこの明かりを求めよ。止め処ない人生に道が現れる。</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>良き漁師は広い網を使える人である。賢者は大きな世界に住む人である。小さな欲心を離れよ。菩提心の大海に漕ぎ出でよ、仏の教えを掲げて灯火に導かれて、命の喜びと安心がある。慎み深く、己を律せよ、そこから如何なる悪意からも身を守る力が生まれる。胡桃の実が硬い殻に守られているように、菩提の心は良き行いで守らなければならない。</span></div> 2012年1月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20111228160310232 http://www.shingonji.net/article.php/20111228160310232 Wed, 28 Dec 2011 16:03:10 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111228160310232#comments カレンダー <p><span>1日(日)0時初護摩 10時半初護摩<br /> 2日(月)10時半初護摩 <br /> 3日(火)10時半初護摩</span><span><br /> 5日(木)病院ビハーラ<span><br /> </span></span>7日(土)人間学講座(熊本) <br /> <span>8日(日)人間学講座(熊本)<br /> 12日(木)人間学講座(京都)<br /> 13日(金)人間学講座(東京)</span><span><span><br /> </span></span><span>14日(土)東京例会<br /> </span>15日(日)東京例会 <br /> 17日(火)人間学講座(福岡)<span><br /> </span><span>18日(水)NHK文化センター写仏講座<br /> 21</span><span>日(土)御影供</span><span>10</span><span>時半~</span><span>護摩供養 13時半写仏<br /> </span><span>27</span><span>日(金)お不動さん10時半~<br /> 28日(土)お不動さん10時半~ 13時半 礼拝<br /> 29日(日)熊本例会10時半 13時半 法句経</span></p> <p>&nbsp;</p> <p><strong><span>※今月は写仏が21日の午後から、</span><br /> 礼拝が28日の午後から、と変更になっております。</strong></p> アジアの人々のために 2 http://www.shingonji.net/article.php/20111222125139422 http://www.shingonji.net/article.php/20111222125139422 Thu, 22 Dec 2011 12:51:39 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111222125139422#comments 真言尼寺の窓から <p>寒くなって きましたね</p> <p>&nbsp;</p> <div><span>アジアの人々のために 2</span></div> <div>&nbsp;</div> <div>あちら こちらで クリスマスツリーとサンタクロースの飾り物が見られる時期になりました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>皆様いかがおすごしですか?</div> <div>被災地の皆様 寒くなります、十分暖かくされていますか?</div> <div>&nbsp;</div> <div>もうすぐ メリークリスマスの声が 聞こえますね。幼いころ父の買ってきたクリスマスケーキときらきら光るツリーが、本当に奇麗で クリスマスのプレゼントを楽しみに待っていた記憶があります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>前の文章から かれこれ一年も経ってしましました。</div> <div>その間 「社会的に尼寺を建立すること」を発願して実行していました。「真言尼寺」が出来たので、一度消した文章をまたここに書き換えておきたいと思います。</div> <div>&nbsp;</div> <div>真言尼寺は女性が主体的に祈る場所の社会的な提示です。また 少人数の修行の受け入れも考えています。</div> <div>この12月5日に辞令の親授式に高野山に行ってまいりました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>今私に出来ることは 女性の祈る社会的な空間を 「千年の伝統ある 高野山真言宗」という宗団にも「日本の社会」にも 「アジアの人々」のためにもそして 次の世代の人々のためにも、尼寺を建立することで主張しておくことだと考えたのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>小さな行動ですが、少しでもお話しておけば また誰かが気づいて考えてくれるだろうと思ったのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>また お写経の一段落として 「百万巻菩薩」を建立して 足元には 真言寺に納経され置かれていたすべての お写経を埋蔵いたしました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>一息つきましたので、書かせていただきます。</div> <div>前に一度書いて消してしまった 「日本語について」 と もう一つは「女人禁制について」です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>それはもう 随分昔 高校時代のことでした。その先生にあたると 進級が危ういと噂される古典の先生がおられました。生徒の大半は 理系志望でしたから 古典が嫌いでも仕方ないことだろうと思っていましたが、その授業に驚かされました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>大学入試一般の古典については 分厚い参考書を一冊買わされて 説明も無く、しかもかなりの分量が定期試験範囲であるにもかかわらず、「自分で読め」で終わりました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>授業はなんと二年間も 万葉集だけで、しかもすべて万葉仮名の白文でした。これには困りました。</div> <div>生徒たちは、期末テストに本気で取り組むか、その先生の設問を捨ててしまうかの選択に迫られたのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>授業は先生の自作プリントだけで行われました。そこには先生の多量の万葉集の研究結果が 書かれて いました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>そのうえ 漢文の担当の先生も同じく 白文で 漢文を「昔の人並」に読むことを生徒たちに指導したのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>「国文学が基本だ」というのがその先生がたの主張だったと思います。</div> <div>&nbsp;</div> <div>私は国文学が好きでしたので、興味をもって取り組むことができましたが、理系志望の大半の生徒には大変な苦痛だったと思います。</div> <div>&nbsp;</div> <div>おかげで 万葉の人々の感性と中世の人々の感性との差、万葉仮名とひらがな、カタカナの成り立ちなどを考える機会を与えられました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>しかし、その時感じたのは 万葉仮名でも十分こと足りたのではないのだろうか。</div> <div>「ひらがな」「カタカナ」は 簡単だけれど、何かしら変だという漠然とした疑問でした。</div> <div>&nbsp;</div> <div>その後 私は色々調べたり考えたりしました。アイウエオ表の歴史的展開も調べました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>その結果「ひらがな」「カタカナ」は仏教と密接な関係があり、しかも密教を導入して、平安京に遷都するときに、国家政策として作られたものだろうと感じたのでした。</div> <div>&nbsp;</div> <div>その論証は学説にはありません。</div> <div>&nbsp;</div> <div>しかし、いろは歌もアイウエオ表もほとんど同じ時期に 密教僧侶で しかも中国語、サンスクリット語に堪能で、中国語の発音と漢字の成り立ちに詳しい天才的な僧侶または僧侶たちによって創られ、まとめられて、意図して流布されたと考える以外説明がつきません。</div> <div>&nbsp;</div> <div>国家の基盤として密教を導入し、なおかつ 仏教の教えを基本にして選ばれた「漢字」から導きだされる新しい文字「ひらがな」「カタカナ」で国家統一の基礎を固めたのだと考えられます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>在俗には「ひらがな」をいろは歌で広め、出家には「カタカナ」をアイウエオで広めたのではないかと考えられるのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>しかも日本語の特徴は、多言語を自在に取り込むことができます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>言い換えれば、多言語を 過去に多量に取り込む必要があり、そのように文法を統一したのではないかと思えるのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>その結果私は 「いろは歌は弘法大師によってつくられたものだ」という 伝承に一理あると思えたのでした。</div> <div>&nbsp;</div> <div>そして その基礎になったヤマト言葉は ドラビダ語族に属するのではないかと私は考えています。そうすると 熊本県の菊池の巨石や奈良の飛鳥の巨石の意味は簡単に解ります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>日本語はさまざまな「言葉の寄せ集め」で出来ており、また さまざまな言語を取り込むようにできていますが、その底辺を流れる力は 平安京の国家統一の基礎まで遡ることになると思うのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>つまり いろは歌もアイウエオも仏教思想―限定すれば密教思想であることは間違いないと考えています。ですから 「あいうえお」を 使って考える人はみな 極言すれば 「密教徒」となると 考えているのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>日本では日本語ですが、もちろん日本でも 観光や仕事、 公共の場においては 当然英語やその他の外国語が必須であるのは 間違いありません。</div> <div>&nbsp;</div> <div>私の場合は 父の仕事の関係で、英語とフランス語がいつも そばにありました。</div> <div>大学ではドイツ語も選択しました。ローマ法の講義ではラテン語も練習しました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>ロシア語も講義に出席してみました。タイに行く前はタイ語、インドに行く前はヒンディー語、中国に行く前は北京語、チベットに行く前はチベット語、イタリアに行く前はイタリア語などなど触れてみました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>仏教を学ぶ初めには サンスクリット語、京都では 坂井榮信先生から梵字(悉曇)も学びました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>そして 探し出したのは 日本人の心の底辺と日本語の中に眠るアジア全域から文化として日本に取り込んだ日本独自の文化「日本仏教―日本密教」でした。 </div> <div>&nbsp;</div> <div>しかし この日本語における仏教理論の土壌は 新しいスローガンによって戦前失敗しています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>つまり戦前の日本における 「八紘一宇」の思想の原型と軍部の暴走の責任は 仏教とその言語操作にあるのではないかと考えます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>仏教的な政治スローガンを掲げれば 対外的には独裁の温床になります。日本語に潜在化していますから、誰もそれが密教理論であると気づきません。軍部から京都学派の西田哲学の八紘為宇が利用されたと考えられています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>「八紘一宇」は 表面上純粋で 善意に溢れているように感じます。 また これこそ真理と感じさせる力があります。「レイキ」はその一例です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>しかしそれをスローガンにするためには、戦前しっかりした「人権の概念」と「政教分離」「信教の自由」の導入が必要だったと思います。</div> <div>&nbsp;</div> <div>明治の廃仏毀釈運動からずっと、仏教教団は災難続きです。それは仏教教団の構造変化が必要とされているからだと思います。釈尊の法―仏法の変革ではありません。新しい大乗教団運営なのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>現在の中国が アジアに横たわる仏教―密教の土壌を理解せず、アジア政策をとれば、戦前の日本と同じ 過ちを犯します。</div> <div>&nbsp;</div> <div>誰も望んでいないのに、武力が動くのです。特にチベット問題の解決方法は 今のところ正しい方向ではないと考えています。ダライ・ラマの発言は高度に政治的にみえますが、政治的ではありません。</div> <div>&nbsp;</div> <div>ダライ・ラマは高度の自治のチベットに早急に帰るべきだと考えています。そして新しいチベットと新教団組織を早急に構築する必要があると思っているのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>それはチベットの経済発展とは別の問題なのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>日本に 今 言われている「アジアの共生」(「八紘一宇」と同じ概念を共有している)をスローガンとして もしも掲げるならば、権利と義務そして人権と政教分離の概念を「全世界」で共有する必要があります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>民主主義と対抗するほど 考えられ、練られたアジア独自の共生理論は ないのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>アジアの底辺に眠るのは仏教の土壌です。仏教は基本的に政治には無色です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>ですから どのようにでも言語操作され利用されてしまうことを意味しています。つまりアジアは容易に独裁になってしまうことを意味しているのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>多くの日本人が戦争反対でありながら、一部の人により参戦に踏み込んでしまう「心の言語操作」です。戦争反対を叫んでいた人が、戦争犯罪人になる矛盾です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>しかし「密教的世界観」と「世界の人々の相互理解」と「統一された一定の経済言語」は アラブ世界を含むすべての世界観を具現していく可能性を秘めています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>次の地球には「密教的世界観」と「民主主義―基本的人権の保障」と「経済」が必要であることを、敗戦を経験した日本がアジア世界に伝えるべきなのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>それは地球規模で 必要とされています。日本は中国から仏教を学んでいます。ですから 中国の人々の幸福とチベットの人々の幸福そしてアジアの人々の幸福を 心から祈っています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>日本でも チベットと同じ仏教政治制度を 取り入れて統治しようとした時期があります。</div> <div>それは 特に奈良から平安に遷都される動乱の時期です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>あの有名な「道鏡の事件」に象徴される一連の動きです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>743年(天平15年)聖武天皇は 恭仁京遷都をします。これは「続日本紀」に詳しく書かれています。</div> <div>このとき 国分寺(金光明四天王護国之寺)・国分尼寺(法華滅罪之寺)の造営という事業が始まります。</div> <div>また盧舎那仏の造立を宣言ました。その為743年末までに恭仁京の造営は未完のまま中止されます。反対を押し切る形で 難波の宮遷都をしようと動きますが、唯一の皇子 安積親王が亡くなります。</div> <div>万葉集に 安積親王を歌った歌があります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>745年平城京に還都します。</div> <div>&nbsp;</div> <div>そして749年(天平21年)1月聖武天皇は行基から菩薩戒を受け出家してしまいます。</div> <div>天皇の出家はこれが初めてのことです。実質これは天皇の位を退き太上天皇となることを意味していました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>曾祖父天武天皇は 自らを「現人神」として国家機能を創ります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>聖武天皇は その上に、仏を位置付けたのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>律令国家の最高位に神と仏を置き習合を考えたことになります。その年の7月阿倍内親王は即位し孝謙天皇となります。阿倍内親王は女性で初めて立皇子された女性天皇―孝謙天皇です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>母は光明皇后で 初めて 臣下から皇后になられた方です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>その年11月には 八幡大神が 九州を発ち12月に京に到着します。</div> <div>宇佐八幡神は宣託を下す神として著名で 藤原広嗣の乱以来中央との結びつきを得て、神官は僧形です。医療にもかかわり、ここの禰宜尼(女性の神官)が、天皇と同じ紫の輿に乗って 東大寺の大仏を拝したという 記録が残っています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>752年大仏開眼が行われます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>754年来日した鑑真が東大寺の戒壇で、聖武・光明・孝謙に菩薩戒を授けます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>聖武亡きあと恵美押勝の乱を経て淳仁天皇となり、また孝謙太上天皇が再度称徳天皇として、道鏡との政権時代をつくるのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>称徳天皇は太上大臣禅師道鏡を法王とします。法王は天皇に匹敵する地位で、神である天皇が出家し、出家した太上天皇が再び神として天皇となり、出家した者が、天皇に準じた地位に上ることになります。その為立皇太子なしに事実上の天皇―法王になる道を創ったとも考えられます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>ここに律令国家の神々の統一が図られます。重視されたのが、伊勢神宮と宇佐八幡で、このとき以来あいつで、神宮寺、神護寺が設定され、神々への位階の授与、神封の設定が行われて、神の頂点である天皇の下に序列化します。神と仏の混交です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>年号も、天平神護・神護景雲とし、貨幣も「神功開宝」を発行します。</div> <div>同時に 寺社を除いて一切の墾田私有を禁じたのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>この事実は まさに律令国家を寺社中心の制度に変革させるものでした。ついで「道鏡を天皇にしたならば天下は太平になろうと宇佐八幡の神託があった」と報告されます。しかしこの計画は有名な和気清痲呂の宇佐八幡の宣託で 排除されます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>称徳天皇の死後白壁王が立太子され、光仁天皇となります。</div> <div>&nbsp;</div> <div>女帝は以後千年のあいだありません。</div> <div>1629年の明正天皇が次の女帝です。この事件が 人々にどれほどの衝撃を与えたか容易に想像できます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>また光仁天皇により初めて、天武天皇を始祖としない天皇が 誕生したのです。しかも62歳の高齢で、臣下からの異例の即位でした。</div> <div>&nbsp;</div> <div>次に立太子したのは山部親王で、母(高野新笠)は百済(韓国)からの渡来人の血をひき、異例中の異例でしたが、そのため新しい都と新しい政治を考えることが、出来たのではないでしょうか。</div> <div>&nbsp;</div> <div>それが、桓武天皇です。律令政治は着々と根付いていきます。</div> <div>桓武天皇は784年長岡京へ遷都次いで794年平安京へ遷都します。</div> <div>&nbsp;</div> <div>今の京都です。そこに導入されたのが、密教でした。まさに聖武天皇の考えた大毘盧舎那仏による精神的国家統治と大日如来が一致したのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>&nbsp;</div> <div>若き空海は道鏡のあとの日本のために仏教の指導原理を探していたことも事実でしょう。修行はすでに日本でほとんど完成させてから中国に渡ったと 私は考えています。</div> <div>なぜなら 密教の秘密は求聞持法にあると思えるからです。胎蔵曼荼羅の虚空蔵院に示すごとくです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>桓武天皇は京都の北に天台密教、東寺と西寺を真言密教、南は南山(高野山)で奈良(平城京)を挟んで囲みます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>平安京の中には、寺社は一切ありません。東寺西寺の密教で締め出したのです。もちろん僧侶は八宗兼学で官僧がおり、しかも官僧は白い衣に身をつつみ、天皇とともに鎮護国家を祈り、神を祭ることを旨としていました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>ですから「死」を「穢れ」として「穢れ」に触れることはありませんでした。追善を考えだしたのは「死」を目の前にし、あまりにも哀れと感じた後の僧侶たちです。鎌倉仏教だけではありません、たくさんの僧侶たちがいました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>また764年(天平宝字8年)に出された令に、僧徒の山林修行禁止がありました。</div> <div>しかし天台山も高野山も山林です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>そこで新しい都の守りとするために、新しい政策を打ち出しています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>女人禁制です。</div> <div>&nbsp;</div> <div>「修行のため女人は、入れない」と禁止すると同時に「血の穢れの思想」を加えて、いままでの母系制度を根底から転換してしまいます。その為 「国分尼寺」は 次々に国分寺の管理下に置かれてしまいます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>つまり女人禁制によって母系社会を父系社会にみごと転換させてしまいました。</div> <div>ここに 律令政治が完成します。</div> <div>&nbsp;</div> <div>道鏡の事件が与えた衝撃は根底から家族制度を変えてしまいました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>仏教による神託政治は導入されませんでしたが、聖武天皇と光明皇后の大毘盧舎那構想は弘法大師空海により完成され、日本密教が日本の言語や家族制度を規制してきました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>奈良大安寺は大毘盧舎那構想の理論的一大センターでした。そこの僧侶「石淵勤操」に若き弘法大師空海は師事するのです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>神と仏が両立しており、かつ中国の恵果阿闍梨の構築された曼荼羅はその時代の長安の世界国家の統一原理を具現しています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>「血の穢れ」を導入しても なお見事に「天照皇大神」「女神」が残りました。</div> <div>その後中国では破仏があり、密教は滅びてしまいます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>京都の東寺では「八幡神」が祀られ、いまだに各家々には神棚と仏壇が残り、天照皇大神は家の一番高いところに置かれます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>言語と家族制度が密教を地盤に完成したのが平安京―京都―だと私は考えています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>現在私たちは 新しい時代に直面しています。日本の家族制度は延々と明治憲法まで家父長制でした。その一番下敷きは「血の穢れ」思想と女人禁制です。同時に聖武天皇と光明皇后の平等な大毘盧舎那如来構想―次に密教の大日如来によって引き継がれたものーです。</div> <div>&nbsp;</div> <div>戦後新しい家族制度のもとで日本は模索しています。価値観の転換がなかなか進まないのです。特に「血の穢れ」思想は千年の間日本にあったのです。鎌倉時代の禅・阿弥陀信仰は女性に手を差し伸べました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>そしてまた、明治の先進的な人々は率先して改革しました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>特に高野山の僧侶は率先して女人禁制を解くのです。そして新しい研究を次々に発表していきます。数多くの立派な僧侶を排出しています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>戒律復興を唱えた人もおられます。しかしそのよって立つ原点は 血の穢れではなく、釈尊の戒律でした。</div> <div>&nbsp;</div> <div>しかし太平洋戦争前後 時代は 逆行し硬直してしまいました。</div> <div>&nbsp;</div> <div>今、時代が逆行しないように 望みます。</div> <div>&nbsp;</div> <div>また 密教の世界観による新しい密教教団理論をチベットは必ず具現できると信じています。</div> <div>&nbsp;</div> <div>イタリアにバチカン市国やサンマリノ共和国があるように、中国にチベット・ウィグルが高度の自治として共存できる時代です。チベット、中国そしてアジアの平和を願っています。</div> <div>&nbsp;</div> 2011年蓮華通信12月号 http://www.shingonji.net/article.php/20111203091620532 http://www.shingonji.net/article.php/20111203091620532 Sat, 03 Dec 2011 09:16:20 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111203091620532#comments 真言寺蓮華通信 <p><span>移ろい行く人生は実に無残である。望むとも無く死は訪れ、愛する人との別離が訪れる。嵐の来ぬときは無く日照りの日々のなきときは無い。実に自己存在は苦難の中にある。現象は常に葛藤に満ちている。争いと貧困が絶えることはいまだ無い。人はこの事実に当って絶望のふちに立ち虚無に陥る、しかしよく心を鎮めて存在の大低を観ぜよ、そこには真理の光がある。この声を聞け 聖なる意思は常に語る。相対の矛盾の中で苦しむ君よ、草座の上に座して思念せよ。彼の仏陀の如く真理の扉をたたけ、いくら現象に救いを求めてもそれは虚しく何ものも得られない。影を掴む己の手の如くすり抜けて何物も残らぬ。覚悟を決めて己の心に問へ心は何者かと、己を支えているそれは何者かと、多くの聖者の悟りがそこにある。涅槃に至った者は失うものは何も無い、得るものも何も無い、涅槃も無い、真実がある。深々と禅定せよ、慌てず瞑目せよ世の喧騒に同調してはならない。この世の名誉も人の賞賛も己の真実の前では光を失う。如何なる宝石も太陽の前では光を失う、大いなる命の海の住人たる君よ、小さな水溜りを世界にしてはならない</span></p> 2011年12月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20111124220400281 http://www.shingonji.net/article.php/20111124220400281 Thu, 24 Nov 2011 22:04:00 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111124220400281#comments カレンダー <p><br /> <span> 3日(土)人間学講座(熊本</span><span>)<br /> 7日(水)NHK文化センター写仏講座<span><br /> </span></span> 8日(木)人間学講座(京都) <br /> <span> 9日(金)人間学講座(東京)</span><span><span><br /> </span></span><span>10日(土)東京例会<br /> </span>11日(日)東京例会 <br /> 12日(月)人間学講座(福岡)<br /> <span>15日(木)ビハーラ法話<br /> </span><span>18日(日)人間学講座(熊本)<br /> 21</span><span>日(水)御影供</span><span>10</span><span>時半~</span><span>護摩供養</span><span>&nbsp; NHK文化センター写仏講座<br /> 24日(土)写仏(本堂)10時半~ 礼拝13時半<br /> 25日(日)熊本例会10時半</span>~ 法句経13時半~<span><br /> </span><span>27</span><span>日(火)お不動さん10時半~<br /> 28日(水)お不動さん10時半~</span></p> 2011年蓮華通信11月号 http://www.shingonji.net/article.php/20111101212753622 http://www.shingonji.net/article.php/20111101212753622 Tue, 01 Nov 2011 21:27:53 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111101212753622#comments 真言寺蓮華通信 <div><span>大いなる命の海に君は生まれた、歓喜の声と共に、眩い光に包まれながら、君の命と生存は尊い。</span></div> <div><span>限りない英知のその中に君の存在はある。心静によく学べ、真理は世界に満ちている。眼を開いた者にはその姿を現し、耳を傾ける者にそれは語りかける。既に説かれた真理も日々新たである。</span></div> <div><span>心の雲は名月を隠し光を遮す。無明の闇は姿無けれども真実を隠す。孤独の中に暗闘する者は世界が己を責めると思う、世界は広く開いている、己の心を開いて煩悩の鎖を切ってみよ。世界は君に微笑んでいる。</span></div> <div><span>長い人生も夢の中気が付けば白髪の翁となる、無常迅速である心してかかれ時は過ぎ行き人も去り逝く。今の学びを尊べ</span></div> <div><span>今宵の月は明日には見られぬ。</span></div> <div><span>君は心に何を描いているか、善なる行いか、施し多い人生か、感謝と報恩の暮らしか、良き言葉と行いに充ちた心こそ君の宝。人は如何なるときも己の心を離れることが出来ない、心騒ぐとき己は乱れ心静かなとき安らぐ、心を修めよ、ほかに道は無い、その道が仏陀の道である。存在の総ては変化し時と共に壊れ行く、そこに安らげ、空を味わい</span></div> <div><span>空に生きよ、紛れも無い世界がそこにある。心乱してはならない、それが世界の真理である。</span></div> 2011年11月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20111028142108902 http://www.shingonji.net/article.php/20111028142108902 Fri, 28 Oct 2011 14:21:08 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111028142108902#comments カレンダー <p> 2日(水)NHK文化センター写仏講座<br /> <span> 5日(土)人間学講座(熊本</span><span>)<br /> 6日(日)人間学講座(熊本)不登校支援ネット会合<br /> </span> 9日(水)写仏(山口)<br /> 10日(木)人間学講座(京都) <br /> <span>11日(金)人間学講座(東京)</span><span><span><br /> </span></span><span>12日(土)東京例会<br /> </span>13日(日)東京例会 <br /> 14日(月)人間学講座(福岡)<br /> 16日(水)NHK文化センター写仏講座<span><br /> 17日(木)ビハーラ法話<br /> 21</span><span>日(月)御影供</span><span>10</span><span>時半~</span><span>護摩供養</span><span>&nbsp; <br /> 26日(土)写仏(本堂)10時半~ 礼拝13時半<br /> 27日(日)熊本例会10時半</span>~ 法句経13時半~<span><br /> </span><span>28</span><span>日(月)お不動さん10時半~</span></p> 2011年蓮華通信10月号 http://www.shingonji.net/article.php/20111010155338219 http://www.shingonji.net/article.php/20111010155338219 Mon, 10 Oct 2011 15:53:38 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111010155338219#comments 真言寺蓮華通信 <p>大らかである事は実に幸福である。<br /> 身のたたずまいを正すことは実に幸福である。<br /> 多くを求めない心は実に幸福である。<br /> 与えることを常としていることは実に幸福である。<br /> 過ぎ行くことを知ることは実に幸福である。<br /> 行いの因と果を知ることは実に幸福である。<br /> 良き友、修行の仲間を得る事は実に幸福である。<br /> 悟りの人、に出会うことは実に幸福である。<br /> 悟りの道を聞くことは実に幸福である。<br /> 人生の幾多の苦難ももとをただせばただ己の無明である。<br /> 生きるうえで己の明知こそ己の寄る辺である。他の如何なるものも己を救わぬ。<br /> 持戒して善く精進せよ。ただ黙々と精進せよ。如何なる影も光には勝てぬ。よく智慧の道を歩め。<br /> 大地に足を付けて踏みしめて歩け、確かな一歩が人生である。己の息を観ぜよ、天地と連なる己の呼吸無限とつながる己の息、それを観ぜよ。<br /> 深く想うためには深く行う必要がある、深い禅定は大いなる行いから生まれる。多くの人を利益せよ、仏陀を讃えよ。<br /> 小欲は己を縛り世界を狭くする、己を開放せよ、大いなる欲を起こせ、それは菩薩の誓いを持つこと、世を浄め正法を広めること。<br /> <br /> &nbsp;</p> 2011年10月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20111001090253438 http://www.shingonji.net/article.php/20111001090253438 Sat, 01 Oct 2011 09:02:53 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20111001090253438#comments カレンダー <p><span> 1日(土)人間学講座(熊本</span><span>)<br /> 2日(日)人間学講座(熊本)不登校支援ネット会合<br /> 5日(水)NHK文化センター写仏講座<br /> 6日(木)人間学講座(京都)</span> </p> <p><span> 7日(金)人間学講座(東京)</span><span><span><br /> </span></span><span> 8日(土)東京例会<br /> </span> 9日(日)東京例会 <br /> <br /> 11日(火)人間学講座(福岡)<br /> 13日(木)ビハーラ法話<br /> 19日(水)NHK文化センター写仏講座<span><br /> 21</span><span>日(金)御影供</span><span>10</span><span>時半~</span><span>護摩供養</span><span>&nbsp; <br /> 22日(土)写仏(本堂)10時半~ 礼拝13時半<br /> 23日(日)熊本例会10時半</span>~ 法句経13時半~<span><br /> 27</span><span>日(木)お不動さん</span><span>10</span><span>時半~</span><span><br /> 28</span><span>日(金)お不動さん10時半~</span></p> 写仏の会 http://www.shingonji.net/article.php/2011090611471053 http://www.shingonji.net/article.php/2011090611471053 Tue, 06 Sep 2011 11:47:10 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/2011090611471053#comments お知らせ <p>写仏の会の 皆様の 善意により 描かれました 地蔵菩薩の 掛け軸は 無事 被災されたみなさまの お手元に 届けられました。</p> <p>どうぞ ご安心下さい。</p> <p>また ご協力ありがとう ございました。ここに 御礼申し上げます。</p>