真言寺 http://www.shingonji.net 宗教法人 高野山真言宗 阿高山 真言寺 info@minoriya.biz info@minoriya.biz Copyright 2010 真言寺 Geeklog Fri, 12 Mar 2010 11:44:21 +0900 ja http://www.shingonji.net/favicon.ico 真言寺 http://www.shingonji.net 写経について http://www.shingonji.net/article.php/20100312113618184 http://www.shingonji.net/article.php/20100312113618184 Fri, 12 Mar 2010 11:36:18 +0900 光忍の一言 <p><span><span>写経ってなにかな?</span></span></p> <p>&nbsp;</p> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt"><span>写経ってどうするのかな?</span></div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">梅の花も散り、桜の開花宣言を待つばかりとなり、鳥たちも春の訪れを告げておりますが、なんと今日は 雪が深々と降ってきて、まるで真冬のようでした。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">先日、NHK文化センターの新しいパンフレットが出来上がって配られました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">そこで新しく写経と写仏を合わせてお教えする計画をたてて載せてみました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">写経の担当は私なので、写仏に写経を加えましょうというお話があったときに あまり深く考えることもなく「はいはい」とお返事したのですが、考えてみますと 色々な問題を先送りにしたままであったことに気づきました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">真言寺に納経された数は この25年程で 八十八万巻を超えて もうすぐ百万巻になろうとしております。はじめの十万巻は境内で梵焼し、つぎの三十万巻は境内に埋蔵し、また次の三十万巻は境内で梵焼し、現在残りは観音堂境内地に埋蔵しようと考えております。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">最近はあまり 納経をお勧めすることが少なくなりましたが、それでも相当な数の方がお写経をされておられます。しかし納経料という決まった額は頂かない方針できました。お写経し、納経して御修行頂くことは有難いことだと考えたからです。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">しかし 一巻千円で 本山に納経するべきではないかと言われたことを思いだしました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">また 真言寺の写経のお手本は一行17字になっていないと言われたこともありました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">本山を否定し、写経を軽んじているという誤解を受けては困るので、もう一度 写経をどういう方針にするのか考えてみました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">写経といえばすぐに頭に浮かぶのは筆書きです。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">その筆書を初めて私に教えたのは、明治生まれの祖母でした。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">古い書法で、祖母が兄たちと並んで 父から教わったように私に教えました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">祖母の大切にしたことは その字が「生きている字」なのか「死んだ字」なのか</div> <div style="0mm 0mm 0pt">ということでした。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">学校では 書道教育と音楽教育が盛んで、検定教科書を使うことなく すべて書道専門の先生の手書きの手本でした。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">先生は書星会に所属しておられて、手本はすべて浅見喜舟先生の手本でした。書席大会も盛んでした。その後 喜舟先生が亡くなられて、浅見錦龍先生の手本となりました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">高校では 浅見錦龍先生がおられたので書道部に入り、展覧会などに出品しておりました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">初めて般若心経の文字を選んで作品をつくったり、写経をしたりした時期でした。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">経の意味も知らず、読み方もままならず、ただ字を写しておりました。しかし それでも仏法に触れている実感が ありました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">ですからその体験から 楷書でも行書でも どのような字でも、 ボールペンでも 鉛筆でもどのような道具でも構わないので、まず 経に触れることが必要であると考えました。とにかく自分で読んで書く必要があると考えたのです。ですから真言寺では「まず唯書け」と指導いたします。次に作法と読み方になります。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">しかし写経は古来より独特の方法で書かれてきています。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">天平の昔 印刷技術のまだない頃、国家事業としての写経が行われておりました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">各寺院に 蔵経する必要があったからです。もちろん追善のために行われた記録も残っています。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">その実態は 正倉院文書の中に探ることができます。正倉院文書の大部分を占めるのは東大寺写経所という古代の役所の業務文書です。写経の予算案、割り当ての充本帳、紙や筆や墨を支給する充紙帳、充筆墨帳、給与や食料を支給する布施帳、食口帳などがあり、しかも中央官庁で廃棄された文書の紙背を利用しているものが、数多く含まれています。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">写経所には経師のほか装丁にかかわる人、校正にかかわる人、事務を取り仕切る案主など多くの人が長期にわたり、寝泊まりしながら行われました。筆の速い経師で一日5900字程度、遅い経師が2300字程度です。しかも出来高払いであったことが知られています。誤字脱字脱行は自分で見つけた場合は小刀で削ったと考えられています。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">しかし校正段階で見つかると給与から差し引かれ、しかも二回校正が行われおり、校正段階のミスに対する給与の差し引かれた記録も残っています。このような状態の中での「写経」には美しく画数が少なく書きやすく、読みやすくしかも何度も出てくる場合は別の書き方をして間違いを少なくする努力がなされています。そのため特別な文字が使われています。紙面の都合から美しく見える形も独特なものになりました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">また時代を経て行われてきたものに「追善のための写経」、また願経といわれる「願ごとのためにする写経」があります。どの時代の経巻もどの時代の人々もそれぞれ 切実で美しく味わい深いものがあります。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">現存する最古の筆跡は聖徳太子の書かれた「法華義疏」の草稿であり、写経事業の歴史に残る最古のものは 天武天皇元年(673年)「始めて川原寺に一切経を写さしむ」が最初と伝えられています。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">一行十七字については 中国で五世紀の終わりごろから組織的な写経がおこなわれ、その頃から取り入れられてきたようですが、五世紀前半の写経ではまだ特に定まっていません。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">なぜ十七字なのかについての定説はありませんが、偈頌の関係で中央の位置取りが し易かったと考えられています。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">そのほか八は偶数の陰、九は奇数の極みで陽であるので、足して陰陽天地一如を表すという説もあります。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">また古代の数占いで 一と七を足して八の吉数となる考え方もあるでしょう。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">ともあれ 千五百年以上このように書かれてきたのは事実です。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">ではなぜ真言寺の手本は十七字を採用しなかったのでしょうか。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">それは誰でも、何処でも、どんな道具でも書ける写経で しかも清書された写経はいうまでもなく、練習のために書かれたものでも、すべて[仏典を読み解く修行のための奉納]として納経を受け付けることを目指したからでした。しかも半紙にすべて納めて書けるように考えたために一行十七字にならなかったのでした。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">二十五年ほど前までは今ほど写経についての出版はありませんでした。筆以外のボールペンで写経することなど「もってのほか」という状況でした。しかも半紙ではあまりに安価で手軽すぎると考えられていました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">しかし 現在は数々の本が出版されております。半紙の写経用紙も販売されています。そこで現在出版されている写経の本をもう一度集めて検証し、かつその手本を自分で書いてみました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">すると一番売れている本は 子供たちでも書けるように 漢字も写経体では無く、しかもペンでも書くことが出来、字もある程度大きく、意味も一目瞭然というものでした。経典を身近に感じられる、親しみ易く良く出来た本でした。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">親しみ深い経典の理解を目指した主張はすでに実現されていました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">真言寺に納経して頂いている方々の中には 何年も毎日何枚も書かれる方がおられます。真言寺の手本だけでなく、市販の写経用紙を使われて丁寧に毛筆で書いて納経される方も多くおられます。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">このとき問題であるのは その手本です。何十年のうちに その方々の字は 見事に市販の写経用紙の手本とそっくり同じ文字になっておられました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">また年齢を重ねて 逆に半紙では文字が小さすぎて書きにくいという声もありました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">そこで書道だけに片寄らず、しかも易しく書き続けながら長年仏法を研鑽し続け、御仏に供養するためには 何が必要なのかもう一度考え、仏法を感じ瞑想に入り易いものを手本としてお勧めしたほうがよいのではないかと考えました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">そこで 真言寺の写経の手本はいままでのものに加え、長年つづけられる方には、古来の有名なものを差し上げて字を大きくしようと思います。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> <div style="0mm 0mm 0pt">またそれとは別に、新しく写仏と写経と瞑想の基礎になる手本をつくることにしました。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">以前ヨーロッパの人々のために作ろうとしていたお手本に少し似ています。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">その試作が今度のNHK文化講座のパンフレットに載せているものです。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">少しづつしかできませんが、一緒に書いていきましょう。</div> <div style="0mm 0mm 0pt">&nbsp;</div> 蓮華通信三月号 http://www.shingonji.net/article.php/20100228174707974 http://www.shingonji.net/article.php/20100228174707974 Sun, 28 Feb 2010 17:47:07 +0900 蓮華通信 <p><span><span>白梅の香りほのかに咲き匂う。小鳥も時を告げて鳴く、春が来たと皆が言う。</span></span><span><span>寂しきときに友を。苦悩の君に智慧を。絶望の時に希望を。祈りの中に起こることそれは奇跡。仏の慈悲は導く、君に安楽と道を与える。</span></span><span><span>唯祈り続けよ、祈りの中でしか出会えぬ人生と存在の真実、君は驚くであろう。幾多の聖人と幾多の聖典が記した事柄その事が唯一真実であると知らされる。虚栄に充ちた生き方を改めよ、謙虚であれ、人の驕りは光を阻む。</span></span><span><span>迷い多き人生と誘惑に充ちた人生に君は何時も疲れていないか。舟は舵を切る方向に進む、君の人生の航海に君は何を頼りとして立ち向かっているのか。航海の地図も読めず舟の扱いもままならぬ人に良き船旅は望めぬ。<br /> よく考えてみよ、誰を便りとするか何を頼りとするか。仏陀の道は実に豊かな実りに充ちている。その法は実によく説かれている。良く帰依し良く修めよ、その道を、それは尽きせぬ安楽と喜びに充ちている。涅槃は実に最高の安楽である。</span></span><span><span>仏陀の足跡を見つけよ、それに続け、そこにしか本当の安らぎは無い。消え行くものに心奪われる生活から離れよ総ては無常である。それを求める心が強いほど苦しみは大きくなる。仏陀が求めたものを君は求めよ、黄色き袈裟をかけずともそれを求める生活を大切にせよ。いつの日にか仏陀の心を知る時が来る。</span></span></p> 両界曼荼羅が本堂へ再び http://www.shingonji.net/article.php/20100227224303765 http://www.shingonji.net/article.php/20100227224303765 Sat, 27 Feb 2010 22:43:03 +0900 お知らせ <p><img height="188" width="250" alt="" src="http://www.shingonji.net/images/library/Image/P1040860.JPG" /><img height="188" width="250" alt="" src="http://www.shingonji.net/images/library/Image/P1040849(1).jpg" /></p> <p>だいぶ暖かい日が続き、真言寺の梅の花も咲き始めています。</p> <p>2010年2月26日に両界曼荼羅が本堂へ帰ってきました。</p> <p>『大日経』に説かれる胎蔵曼荼羅には、広くものをみて互いを認め合う慈悲の心、</p> <p>『金剛頂経』に説かれる金剛界曼荼羅には、人生を深める智慧の光があらわされています。</p> <p>触ることはできませんが、近くでご覧になれるようになりました。</p> <p>この曼荼羅は真言寺の歴史を物語る上でも大切なものです。</p> <p>本堂にお参りされた際は、ゆっくりとご覧下さい。</p> 3月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20100227222540349 http://www.shingonji.net/article.php/20100227222540349 Sat, 27 Feb 2010 22:25:40 +0900 カレンダー <div>&nbsp;<span>3</span><span>日(水)写仏講座(NHK文化センター)<br /> &nbsp;6日(土)人間学講座(熊本) <br /> &nbsp;7日(日)人間学講座(熊本) <br /> 12日(金)人間学講座(東京) <br /> 13日(土)東京例会 13時半~ <br /> 14日(日)東京例会 13時半~<br /> 17日(水)写仏講座(NHK文化センター) <br /> 20日(土)人間学講座(福岡)14時~ <br /> 21日(日)御影供(お大師さん)10時半~ 護摩供養&nbsp;   写仏(本堂)13時半~ <br /> 27日(土)</span><span>お不動さん </span><span>10時半~ <span>護摩供養</span> 13時半~礼拝行(布薩)<br /> 28日(日)お不動さん 10時半~護摩供養</span><span>(観音堂)</span><span> 13時半~法句経</span></div> <p><span><img height="113" alt="" width="150" src="http://www.shingonji.net/images/library/Image/P1040693.JPG" /></span></p> 新しく子ども図書館が出来ました http://www.shingonji.net/article.php/20100206235934402 http://www.shingonji.net/article.php/20100206235934402 Sat, 06 Feb 2010 23:59:34 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20100206235934402#comments お知らせ <p><strong><img height="188" alt="" width="250" src="http://www.shingonji.net/images/library/Image/P1040781.JPG" /><img height="188" alt="" width="250" src="http://www.shingonji.net/images/library/Image/P1040782.JPG" /></strong></p> <p>今まで本堂内にあった子ども向けの本を移動し、第2駐車場内にかわいい子ども図書館を作りました。</p> <p>地域の皆様にも開放してあります。</p> <p>たくさんおもしろい本や興味深い本がありますよ。</p> <p>貸し出し希望の方は一言声をかけてくださいね。</p> <p>図書館内は冷暖房を完備しておりますので、各自で調節できるようになっております。</p> <p>お父さんお母さんもご一緒にどうぞお立ち寄りください。</p> <p>また、皆さまの巡礼休憩所としてもお使いいただけます。</p> 蓮華通信二月号 http://www.shingonji.net/article.php/2010012322511314 http://www.shingonji.net/article.php/2010012322511314 Sat, 23 Jan 2010 22:51:13 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/2010012322511314#comments 蓮華通信 <p>&nbsp;</p> <div>風の日も雨の日も、灼熱の日が照る夏の日も、凍てつく凍える冬の日も、汝、精進せよ。千年の古木があらゆる時代を唯眺めたように、己の心を見つめよ。時代を超えて三世の輪廻をまたいで禅定を修行せよ。如来の命を宿したる者の務めである。実に君の心は麗しい、実に美しい。まだ観ぬ君の真実は美しい。深き霧がその緑を隠すように、厚き雲が白銀の月光を遮るように、己の煩悩は真実を覆い隠す。虚しさと焦りと恨みと悲しみに充ちた人生は仮の姿である。己の本性を見よ、実に豊かな実りで満ちている。己を求めよ、己の心を制せよ、ほかの何かがこのことに変わる喜びを与えぬ。よく生きる事が大切である。身に着けるものに心を砕く必要は無い。己の口を潤すものに心奪われる必要が無い。天地を宿として悠然と生きよ。君の命は虚空の華である。それを守るこれが修行である。持戒清浄にして初めて喜びが沸く、己の仏性は清らかである。清らかな生き方に徹せよ、永遠に変わること無かれ、それしか救われる道は無い。</div> 2月予定 http://www.shingonji.net/article.php/2010012322445477 http://www.shingonji.net/article.php/2010012322445477 Sat, 23 Jan 2010 22:44:54 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/2010012322445477#comments カレンダー <p>&nbsp;</p> <div><span>3</span><span>日(水)写仏講座(NHK文化センター)<br /> &nbsp;6日(土)人間学講座(熊本) <br /> &nbsp;7日(日)人間学講座(熊本) <br /> 12日(金)人間学講座(東京) <br /> 13日(土)東京例会 13時半~ <br /> 14日(日)東京例会 13時半~<br /> 17日(水)写仏講座(NHK文化センター) <br /> 20日(土)人間学講座(福岡)14時~ <br /> 21日(日)御影供(お大師さん)10時半~ 護摩供養&nbsp;   写仏(本堂)13時半~ <br /> 27日(土)</span><span>お不動さん </span><span>10時半~ <span>護摩供養</span> 13時半~礼拝行(布薩)<br /> 28日(日)お不動さん 熊本例会 10時半~護摩供養</span><span>(観音堂)</span><span> 13時半~法句経</span></div> 1月予定 http://www.shingonji.net/article.php/2009112919575526 http://www.shingonji.net/article.php/2009112919575526 Fri, 04 Dec 2009 19:57:55 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/2009112919575526#comments カレンダー <p>&nbsp;</p> <div><span>1</span><span>日(金)午前零時~、 </span><span>10</span><span>時半~ 初護摩</span><span> <br /> 2</span><span>日(土)</span><span>10</span><span>時半~ 初護摩</span><span> <br /> 3</span><span>日(日)</span><span>10</span><span>時半~ 初護摩</span><span> <br /> 4</span><span>日(月)人間学講座(熊本)</span><span> <br /> </span></div> <div><span><span>6日(水)写仏講座(NHK文化センター)</span></span></div> <div><span>8</span><span>日(金)人間学講座(東京)</span><span> <br /> 9</span><span>日(土)東京例会 </span><span>13</span><span>時半~</span><span> <br /> 10</span><span>日(日)東京例会 </span><span>13</span><span>時半~ </span><span> &nbsp;<br /> 16</span><span>日(土)人間学講座(福岡)</span><span><br /> 17</span><span>日(日)人間学講座(熊本)</span><span><br /> </span></div> <div><span><span lang="EN-US">20</span><span>日(水)写仏講座(NHK文化センター)</span></span></div> <div><span>21</span><span>日(木)御影供(お大師さん)</span><span>10</span><span>時半~</span><span>護摩供養</span><span> <br /> 23</span><span>日(土)写仏 </span><span>10</span><span>時半~ 礼拝行 </span><span>13</span><span>時半~</span><span>(</span><span>観音堂</span><span>) <br /> 24</span><span>日(日)例会 </span><span>10</span><span>時半~護摩供養(観音堂) </span><span>13</span><span>時半~法句経(観音堂)</span><span> <br /> 27</span><span>日(水)行中の為自由参拝</span><span> <br /> 28</span><span>日(木)自由参拝</span></div> 蓮華通信一月号 http://www.shingonji.net/article.php/20091203002041723 http://www.shingonji.net/article.php/20091203002041723 Thu, 03 Dec 2009 00:20:41 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20091203002041723#comments 蓮華通信 <p>&nbsp;</p> <div>己の息の深きこと天地を越えて遥か。己の心の広きこと虚空の如く、己の身は十方世界に同じ。仏性の不壊、まさに金剛である。仏の心は蓮華の如く総てを産み出す。大いなる仏、慈悲なる仏、蓮華と金剛の王たる貴方に帰依し奉る。貴方の中で諸仏は座を占め貴方の言葉を諸仏は語る。三界に普く轟く音声で。旅の始まりも終わりも総て貴方の中の出来事、迷いも悟りも共に泡沫の夢、唯貴方だけが真実。法身なる貴方は総ての徳と智慧である。貴方に帰依し奉る。如何なる闇も光には勝てず、如何なる氷雪も日の光に会うとき流水となる、如何なる迷いも正法に会うとき速やかに転識する。仏の加持無碍常にある。貴方の慈悲を頼りとして祈りの道場に立つ。常に変わらぬ風景、仏陀はそのように道を求めそのように禅定を修めかくのごとく悟り、そのように法を説いた。三世に変わらぬ貴方の智慧を。</div> 蓮華通信/平成二十一年十二月号 http://www.shingonji.net/article.php/20091203000942502 http://www.shingonji.net/article.php/20091203000942502 Thu, 03 Dec 2009 00:09:42 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20091203000942502#comments 蓮華通信 <p>&nbsp;</p> <div>何もかも泡沫の夢。形あるものはいつか崩れ去る。想いも又時と共に薄れ行く。確かなものとしてあると思うこの身も又やがては消え去る。およそ命あるものの死をまぬがれざることは無い。今日の命の輝きは今日のみのもの、一瞬を永遠として生きる。一期一会。時の真実は永遠の今にある。明日を待つ無かれ、明日はまだ来ない。過去を悔いる無かれ過去は帰り来ない。今のこの時を生きる、それが最良の生き方。行いに於いて真実であれ、言葉に於いて真実であれ、想いに於いて真実であれ。他の何ものもこれに変わる生き方は無い。己の心の真実を生きるものは不安なる日々を過ごさない、この真実こそ己の寄る辺であり安心の基である。この心に仏は住む、智慧と慈悲の光に包まれて。この光に安住せよ、総ての葛藤は霧の風に吹かれるが如く消え去る。苦しみ多い時さ迷い歩いてはならない、それは迷いを深め苦しみを増すばかりとなる。心を止めよ静に己の心に、蓮華の上に端座して心を見つめよ、その時のみ苦から逃れる術が生まれる。虚空の命がそこにある。諸仏の心がそこにある。日々禅定に勤めよ。仏の命を受け継ぐものの勤めである。</div> 12月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20091129193958506 http://www.shingonji.net/article.php/20091129193958506 Sun, 29 Nov 2009 19:39:58 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20091129193958506#comments カレンダー <p><span lang="EN-US">2</span><span>日(水)写仏講座(NHK文化センター)</span><span lang="EN-US"><br /> </span><span>6日(日)人間学講座(熊本)</span><span lang="EN-US"> <br /> </span><span>7日(月)人間学講座(熊本)</span><span lang="EN-US"> <br /> 11</span><span>日(金)人間学講座(東京)</span><span lang="EN-US"> <br /> 12</span><span>日(土)東京例会 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~</span><span lang="EN-US"> <br /> 13</span><span>日(日)東京例会 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~</span><span lang="EN-US"> <br /> 16</span><span>日(水)</span><span>写仏講座(NHK文化センター)</span><span lang="EN-US"><br /> 19</span><span>日(土)人間学講座</span><span lang="EN-US">(</span><span>福岡)</span><span lang="EN-US">14</span><span>時~</span><span lang="EN-US"> <br /> 21</span><span>日(月)御影供(お大師さん)</span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~</span><span> </span><span>護摩供養</span><span lang="EN-US"> <br /> 26</span><span>日(土)写仏 </span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~ 布薩 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~(観音堂内)</span><span lang="EN-US"> <br /> 27</span><span>日(日)熊本例会(観音堂) </span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~護摩供養 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~法句経</span><span lang="EN-US"> <br /> 28</span><span>日(月)お不動さん </span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~護摩供養</span><span> </span></p> 蓮華通信/平成二十一年十一月号 http://www.shingonji.net/article.php/20091101224502395 http://www.shingonji.net/article.php/20091101224502395 Sun, 01 Nov 2009 22:45:02 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20091101224502395#comments 蓮華通信 <div>存在は空性である。現象は絶えず変化している。物事は固定的実体としては無い。自他は一枚の紙の裏表である。言語は常に相対にある、差異の体系である。言語に実体を求めることは不可能である。言語は現象である。およそ人の思考のあるところ言語の概念操作による。真理は分別の中には姿を現さない。虚空そのものを己の体として自覚する三昧の中に般若はある。あらゆる認識と現象に心奪われ執着してはならない。つまり執着する対象そのものが陽炎の様なものであるからである。あらゆる存在は共時性の性格を有する。しかし人の認識は通時性による、時間と空間の延長の上に存在を認識する。このことから仏陀と衆生とは不二平等である事が真理であるが、人はこのことに疎いこれを迷いという。過去の釈迦仏も未来の弥勒仏も吾らの仏性である。ここに信心の基がある。己の本心を自覚して生きる、これを行う。このことが修業である。仏の命を修行するのである。常に頭を天に貫き堂々と生きねばならない、人はそれに値する存在であるからである。悪心を離れ慈悲を育み生きねばならない。それは仏の命を宿している貴方の責務である。尊き方仏陀と優れた法なる般若と実践者菩薩に帰依し奉る。</div> 11月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20091031161526869 http://www.shingonji.net/article.php/20091031161526869 Sat, 31 Oct 2009 16:15:26 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20091031161526869#comments カレンダー <div><span>1</span><span>日(日)人間学講座(熊本) <br /> 4日(水)NHK文化センター 写仏 15時半~<br /> 7日(土)人間学講座(熊本) <br /> 13日(金)人間学講座(東京) <br /> 14日(土)東京例会 13時半~ <br /> 15日(日)東京例会 13時半~&nbsp;<br /> 18日(水)NHK文化センター 写仏 15時半~ <br /> 20日(金)人間学講座(福岡)<br /> 21日(土)御影供(お大師さん)10時半~&nbsp; 写仏 13時半~<br /> 27日(金)お不動さん   10時半~12時護摩供養<br /> 28日(土)お不動さん   10時半~12時護摩供養&nbsp;  布薩 13時半~</span></div> <div><span>29</span><span>日(日)例会 10時半~ 護摩供養 13時半~法句経<br /> <br /> </span></div> 不登校支援ネットのサイトができました http://www.shingonji.net/article.php/to_shiennet http://www.shingonji.net/article.php/to_shiennet Tue, 27 Oct 2009 21:08:26 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/to_shiennet#comments お知らせ <p><a target="_blank" href="http://shien.shingonji.net/">真言寺不登校支援ネットのホームページ</a>ができました。</p> 写仏について http://www.shingonji.net/article.php/20091005140722671 http://www.shingonji.net/article.php/20091005140722671 Mon, 05 Oct 2009 14:07:00 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20091005140722671#comments 光忍の一言 <p>「写仏」って 何かな・・・・</p> <p class="MsoNormal"><span>「写仏」って なあに・・・?<span lang="EN-US"><font><span>&nbsp;&nbsp;&nbsp;</span></font></span></span><span lang="EN-US"><font><span>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; </span></font></span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>真言寺で写経と写仏を 皆様のご修行としてお勧めするようになってから、かれこれ四半世紀たちます。特に写仏については、現代の人々が あまりに「神仏」という存在から 離れているために 祈りを取り戻し「心に御仏を 映し出す」ことが可能になるようにと はじめたものです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>特に住職は 禅の宗門大学で学んでおりますが、もともと画家を志して芸術専攻の大学に、学部長推薦なるものを取り付けて進学するほど絵画に打ち込んでおりました。ですから真言寺の写仏は住職の絵心と技術によるところが大きいのです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>丸に点(サンスクリット語のア点)を打てば 「写仏」になるというのが原点です。</span></p> <p class="MsoNormal"><span>それは 仏画の原点でもあります。ですから円とアーチの中は何でもよいのです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>しかし 密教の仏画には創作と技術と経典(儀軌)の理解が必要です。本当に御仏を目の当たりにしなければ、描けないのです。創り出した御仏は「バウッダ」・御仏を信奉する自分そのものとなります。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>ですから過去に描かれた絶妙なる仏画または仏像を写し取ることを、皆様の御修行としての「写仏」としてお勧めしてきました。易しく、楽しく、同じものを何枚も何枚も描く必要があると考えています。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>真言寺の写仏の原画(下絵)のほとんどは伝真言院曼荼羅からのものです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span>剥げ落ちている部分は仁和寺版を参照させていただいております。</span></p> <p class="MsoNormal"><span>伝承された曼荼羅の心を感じて、自己に浄法薫習(大乗起信論)していただくためにです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>NHK</font></span><span>文化センターのパンフレットに載っている写仏は 真言寺のお弟子さんの作品です。</span></p> <p class="MsoNormal"><span>東京で独自に写仏講座を開いておられる 寺岡妙安さんと駒井智一さんのもので、寺岡さんは書家、駒井さんは絵手紙も創作されておられます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>十数年前までは 光忍体操と名打って 来日された周稔豊老師から学んだ易筋洗髄経(達磨大師が少林寺に伝えたといわれるもの)をより瞑想しやすく変化させたものを写仏の前後に行うことを提案してきましたが、久しくお教えしておりません。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>また 機会があったら お教えしたいと思います。</span></p> 蓮華通信/平成二十一年十月号 http://www.shingonji.net/article.php/20091001230720544 http://www.shingonji.net/article.php/20091001230720544 Thu, 01 Oct 2009 23:07:20 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20091001230720544#comments 蓮華通信 <p>&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>如何なる城壁も崩れぬことは無い。しかし貴方のよき行いに於いて築かれた砦は崩れ去ることは無い。いかにその身を宝石で飾ろうとも永遠の美しさは保つことが出来ない。しかし貴方の語る真実なる言葉は貴方を崇高なる光で満たす。いかに楽園を求めて旅し、いかなる場所を得ようとも、老病死は消えることは無く争いは絶えず苦悩は消えない。しかし心に道を求め仏陀の心に触れるものはこの災いから遠く離れる。如何なる名声も貴方を自由にしない。如何なる財を積もうとも永遠なる命を得ることは出来ない。ただ真理を求めこれによることのみが涅槃を約束する。いかなる呪縛も行い清らかな人には通用しない、戒を修めよ、そこに真実なる自由がある。貴方は若い、吾は健康である、このことはあたかもシネマの一こまのように過ぎ去る。吾は老いたりと吾は病んだりと。人生の終わりは死である、よく学べこのときのために新たな旅立ちはこのとき起こる。この世の価値は総て消え去る。貴方が頼りとしているものごとが総て消え去る。貴方はこのとき心を満たすべき善業を積んだかこのときのために智慧を磨いたか、誰の賞賛も無く貴方の人生の軌道を貴方は知らなければならぬ時がこの時である。恐れずに生きよ仏陀の歩いた道は消えることは無い。</span></p> 10月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20090930230148101 http://www.shingonji.net/article.php/20090930230148101 Wed, 30 Sep 2009 23:01:48 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20090930230148101#comments カレンダー <p align="left" class="MsoNormal"><span lang="EN-US">&nbsp; 3</span><span>日(土)人間学講座(熊本)<span lang="EN-US">&nbsp;<br /> &nbsp; 4</span>日(日)人間学講座(熊本)<span lang="EN-US"><br /> </span> <span lang="EN-US">7</span>日(水)NHK文化講座 写仏<span lang="EN-US"><br /> </span> <span lang="EN-US">9</span>日(金)人間学講座(東京)<span lang="EN-US"><br /> 10</span>日(土)東京例会 <span lang="EN-US">13</span>時半~<span lang="EN-US"><br /> 11</span>日(日)東京例会 <span lang="EN-US">13</span>時半~ <span lang="EN-US"><br /> 17</span>日(土)人間学講座(福岡)<span lang="EN-US"><br /> 21</span>日(水)御影供(お大師さん)<span lang="EN-US">10</span>時半~ 護摩供養<span lang="EN-US"><br /> </span>      <span lang="EN-US">3</span>時半~NHK文化講座 写仏<span lang="EN-US"><br /> 24</span>日(土)写仏 <span lang="EN-US">10</span>時半~ 礼拝行 <span lang="EN-US">13</span>時半~<span lang="EN-US">(</span>観音堂<span lang="EN-US">)<br /> 25</span>日(日)例会 <span lang="EN-US">10</span>時半~護摩供養(観音堂) <span lang="EN-US">13</span>時半~法句経(観音堂)<span lang="EN-US"><br /> 27</span>日(火)お不動さん <span lang="EN-US">10</span>時半~護摩供養<span lang="EN-US"><br /> 28</span>日(水)お不動さん <span lang="EN-US">10</span>時半~護摩供養</span></p> アジアの人々のために http://www.shingonji.net/article.php/20090929115239512 http://www.shingonji.net/article.php/20090929115239512 Tue, 29 Sep 2009 11:52:39 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20090929115239512#comments 光忍の一言 <p>秋の風を感じる今日この頃となりました。</p> <p class="MsoNormal"><span>秋の風を感じる今日この頃となりました。観音堂前の百日紅の木の赤い花も秋の気配を先取りし、ほとんど散ってしまいました。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>皆様いかが お過ごしでしょうか?</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>去年から 「光忍の一言」を 更新しないまま 月日が流れて、 また 新しい一夏が過ぎてしまいました。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span><span>ある方の奥様の寿命が もうあと わずかなのを感じて</span></p> <p class="MsoNormal"><span>「蝉が鳴いています」の 文章を 書きました。その方の奥様は その冬亡くなられました。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>その「蝉が鳴いています」の文章に 釈尊の お悟りの 内容について 簡単に説明し、縁起の法ついて 一言ふれましたが、現代日本の仏教学の問題点に 触れる書き方をしていないために 誤解を生む可能性が ありましたので、十二因縁の 言葉を削除しました。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>そこでここに新たに、 現代日本の仏教学の問題点を書いてみようと思います。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>私が仏教に触れたのは 京都の大学でしたが あくまで概論でした。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>実際は 京都の寺院で 仏教美術を鑑賞したり、佐保田鶴治先生のヨーガのアシラムでヨーガを習ったり、インド哲学のお話を聞いたりすることで 実際の日本仏教に触れていたのだと思います。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>現実に仏教学の基本を教えて頂いたのは、その後で、筑波大学の大学院の中論の演習でした。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>私の仏教学(密教学ではありません)の考え方と専門用語ならびに、言語に対する基本的な態度は三枝充悳先生からお教えいただいたものでした。先生はそのころ仏教教育を改革したいとのお話をされていました。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>特に中村元先生との共著で「バウッダ・仏教」を執筆中でいらっしゃいました。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>その眼目は 「現在の仏教学の基礎は 明治時代のヨーロッパからのものであるがために、大乗の仏陀・「バウッダ」が抜けている。だから今度の著書で大乗経典の成立のプロセスと、そこに描かれる「バウッダ」を中心に考えなおす方向にもって行きたい。だからわざわざ「バウッダ」なんだ」と話されていました。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>つまり明治以前の伝統教学といわれるものから、明治以降の仏教学になったときに見落とされたものを、再度拾い上げたい旨のお話だったと思います。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>そこで私は いったい何が見落とされたのかを考え、調べました。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>問題を解く鍵は 木村泰賢博士と宇井伯寿博士・和辻哲郎博士との論争の中にありました。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>木村泰賢博士はかれこれ半世紀以上も前に、ヨーロッパのアカデミズムを標榜し、日本の学界に挑んでいます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>「原始仏教思想論」その第二編「事実的世界観」の第五章「特に十二縁起論について」に特筆されているのは、次のようなことです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>縁起はおおよそ三種の立場から解釈され、第一は 現実生活における相互依存関係を心理活動の様式に基づいて考察する立場、第二は一生涯を射程にいれ生命発動の進展の経過として説明解釈する立場、第三が分位説といわれる過去、未来、現在にわたる輪廻の姿を明らかにしたものと解する立場があり、第一の立場からは後の般若や華厳の思想が、第二の立場からは唯識思想が、第三の立場からは後の三世両重観が導きだされる旨を主張しておれます。そして第二の生命の解釈は第一と第三から止揚した立場のものであるから、この解釈こそが 原始仏教の思想の根幹をその後の思想へ連結させる有効な方法であると論じています。つまり縁起を「生命発動の始原」として捉えて、「無明」という根本命題を指摘されています。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>この生命・心理学的な論に対して宇井・和辻博士の反論は「生命発動の進展」の状態をあきらかにしようとするものではなく、とりわけ和辻博士によれば、縁起説における各支の関係は法と法との論理的関係を明らかにしようとしたものである旨主張されています。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>十二支縁起における「生」とは、生まれることではなく「生ずること一般」の義を示し、ドイツ語の「</span><span lang="EN-US"><font>Entstehen</font></span><span>」にあたる概念であり、「老死」とは生理的に老いかつ死ぬことではなく、行き過ぎること一般「</span><span lang="EN-US"><font>Vergehen</font></span><span>」の義である旨主張されます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>これに対して木村博士は「原始仏教」を貫く「根本気分」に宇井・和辻説は背馳している旨主張されます。和辻博士の論理はカントの範疇論ではないかと論じて、新カント派のワレーザー教授の解釈の延長上にあると断じています。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>これに対して和辻博士は、木村博士はショーペンハウエルの思想をあまりにも多く「原始仏教」に注ぎいれていると批判されます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>この論争は昭和5年5月16日の木村博士の突然の死によって終わりをつげます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>そして日本のインド哲学・仏教学研究は宇井・和辻博士の圧倒的優位となり、理性と論理の権威の旗印のもとに、ドイツ哲学の影響の下で再編されていきます。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>従来の漢文経典のほかに、パーリ語文献研究が加わり、徹底的な文献研究とともに日本仏教という宗教は緻密な論理構造を持つことを論証し、哲学として再編するこができたのです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>しかし確かに落ちたものがありました。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>それは初期仏教から綿綿と伝わる「根本気分」です。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>つまるところ、釈尊の教説から何故、大乗のさまざまな仏が出てきたのかを証明する論理が、欠けてしまいました。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>現在は外側から民俗学や考古学、社会学、歴史学でそれを補完しています。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>日本にはたくさんの仏像があり、偶像崇拝と間違われそうなグロテスクな仏たちは、いたるところで見られます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span>千本も手があったら、初めて見る人は驚くでしょう。しかし確かに釈尊の教説の中から生まれたのです。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>この仏たちは釈尊の教説のどこから、どうして生まれたのか、何が大乗に継承されているのかの論証がなされていません。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>その後中村元先生は、「論理の構造 上・下」の著書を世に問われて、論理の論証をされて中論の論理の展開をしておられます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>しかし三枝先生の意図された「大乗経典成立のプロセス」に光をあたえて、大乗の仏の成立の論理的論証への方向性が、失った「根本気分」を論証する唯一の方法であることは あまり理解されなかったように思われます。</span></p> <p class="MsoNormal"><span>「縁起の法」の現在の論議の動向を鑑みるに、そのように思えて仕方ありません。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>釈尊のお悟りの内容は脈々とうけつがれて、密教に至り、縁起の法は象徴化されて金剛界曼荼羅に表現されています。</span></p> <p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><font>&nbsp;</font></span></p> <p class="MsoNormal"><span>アジアの多くの人々のために、初期仏教から後期密教までを貫く理論は木村泰賢博士の遣り残した論証であると思います。</span></p> <p class="MsoNormal">&nbsp;</p> <p class="MsoNormal"><span>三枝先生の中論の見識と詳細な文献学が それを可能にすると考えています。縁起の議論の方向性が </span><span>再度「バウッダ」の論証に向かうことを 期待しています。</span></p> 蓮華通信/平成二十一年九月号 http://www.shingonji.net/article.php/20090901235308408 http://www.shingonji.net/article.php/20090901235308408 Tue, 01 Sep 2009 23:53:08 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20090901235308408#comments 蓮華通信 <p><span>争いを避け、多くを望まず、唯己の心の平安を愛する。彼は実に賢者と呼ばれる。彼の喜びは壊れることが無い。総てを許し、あらゆる生ある物の平安を祈る、彼に不安の闇が忍び寄ることは無い。常に己の呼吸を意識して生きる、彼の心が乱れることは無い。人生の苦しみと喜びに通だつして智慧の光で満たされる、彼は仏陀と呼ばれる。己の欲望に打ち勝ち、持戒を喜びとして生きる。彼に魔が忍び寄る隙は無い。よく観るものはよく悟る、よく悟るものはよく行う、よく行うものはよき果報を受ける。かくのごとく菩薩は知り三昧を修する。智慧の完成は実に涅槃である。涅槃に至る事が最大の喜びである。このようにしりたる菩薩は出家した。黄色の衣をつけ道の人となった。素足で大地に立ち満天の星の下で、静かな木陰で己に問うた。吾は何ものかと。彼は比類ない覚者となった。己の智慧と行いのみが人生の杖である。名誉にも財にも己を救う力は無い。己以外に目を向けてはならない。後は虚しく消えてゆく陽炎である。己の行いを覚えていよ、己の心に注意を払え、外から来る敵は己の内にその種を宿したる結果である。心乱れるときは仏陀を想へ静に呼吸せよ、仏の名を呼べ、慈悲と方便ゆえに君の苦悩は静まる。信心深きものは常に仏の慈悲に守られ、方便に導かれる。</span></p> 9月予定 http://www.shingonji.net/article.php/20090831224516322 http://www.shingonji.net/article.php/20090831224516322 Mon, 31 Aug 2009 22:45:16 +0900 http://www.shingonji.net/article.php/20090831224516322#comments カレンダー <p>&nbsp;</p> <p><span lang="EN-US">2</span><span>日(水)写仏講座(NHK文化センター)</span><span lang="EN-US"><br /> 5</span><span>日(土)人間学講座(熊本)</span><span lang="EN-US"> <br /> 6</span><span>日(日)人間学講座(熊本)</span><span lang="EN-US"> <br /> 11</span><span>日(金)人間学講座(東京)</span><span lang="EN-US"> <br /> 12</span><span>日(土)東京例会 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~</span><span lang="EN-US"> <br /> 13</span><span>日(日)東京例会 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~</span><span lang="EN-US"> <br /> 16</span><span>日(水)</span><span>写仏講座(NHK文化センター)</span><span lang="EN-US"><br /> 19</span><span>日(土)人間学講座</span><span lang="EN-US">(</span><span>福岡)</span><span lang="EN-US">14</span><span>時~</span><span lang="EN-US"> <br /> 21</span><span>日(月)御影供(お大師さん)</span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~</span><span> </span><span>護摩供養</span><span lang="EN-US"> <br /> 26</span><span>日(土)写仏 </span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~ 布薩 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~(観音堂内)</span><span lang="EN-US"> <br /> 27</span><span>日(日)熊本例会(観音堂) </span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~護摩供養 </span><span lang="EN-US">13</span><span>時半~法句経</span><span lang="EN-US"> <br /> 28</span><span>日(月)お不動さん </span><span lang="EN-US">10</span><span>時半~護摩供養</span><span> </span></p>