2011年蓮華通信12月号

移ろい行く人生は実に無残である。望むとも無く死は訪れ、愛する人との別離が訪れる。嵐の来ぬときは無く日照りの日々のなきときは無い。実に自己存在は苦難の中にある。現象は常に葛藤に満ちている。争いと貧困が絶えることはいまだ無い。人はこの事実に当って絶望のふちに立ち虚無に陥る、しかしよく心を鎮めて存在の大低を観ぜよ、そこには真理の光がある。この声を聞け 聖なる意思は常に語る。相対の矛盾の中で苦しむ君よ、草座の上に座して思念せよ。彼の仏陀の如く真理の扉をたたけ、いくら現象に救いを求めてもそれは虚しく何ものも得られない。影を掴む己の手の如くすり抜けて何物も残らぬ。覚悟を決めて己の心に問へ心は何者かと、己を支えているそれは何者かと、多くの聖者の悟りがそこにある。涅槃に至った者は失うものは何も無い、得るものも何も無い、涅槃も無い、真実がある。深々と禅定せよ、慌てず瞑目せよ世の喧騒に同調してはならない。この世の名誉も人の賞賛も己の真実の前では光を失う。如何なる宝石も太陽の前では光を失う、大いなる命の海の住人たる君よ、小さな水溜りを世界にしてはならない


真言寺
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